いま、この国が抱えている問題の多くの根底にあるのは、 高齢化問題と少子化問題であると指摘されて久しい。 国会で審議がはじめられた消費税増税と社会保障の一体化法案も、 当然、少子化問題への認識がベースにあってのこと。
思えば、30年近くも、 有効な対応策が講じられずにきた少子化問題・・・・ いよいよ、生産労働側とされる国民の一人が、 一人の高齢者の生活を担う時代になりつつあるというときに、 少子化担当大臣なるものが設定されながら、 自公政権時代には、少子化=女・子供の問題=女性銀に担当させておけばよい といった認識のせいか、有効な対応策が取れないまま、 民主党政権になってからは、担当大臣など刺身のつまのごとき存在となり、 ころころ変わり変えられて、ほとんどがどこぞの省の担当大臣が兼務。 もう誰が担当大臣なのかさえ分からなくなってしまった。
けれど、 昨日の国会審議でも露わにされたように、
民主党政権になって、いかに少子化担当大臣がころころ変わったとはいえ、 誰が少子化担当大臣を務めてきたのかさえも、 もう分からなくなっているといには、わたくしだけではなかったようで、 任命者の一人でもある現総理自身でさえも、 すでに分からなくなっているほど、 少子化問題への認識が浅くて低いということに、 改めてめ息が漏れました。
昨日の国会審議、 少子化問題に対する国会における認識が露呈されたように思われました。
答弁した総理や担当大臣の答弁もあまりにも通り一遍でしたので、 皮相な雄弁さによって露呈されたのは、むしろ、 少子化担当大臣などいまやアリバイ的に存在している。 そういう位置づけだということだったのではないか。 任命する側も正直なところ、 「なんでこんな担当大臣が要るんだ」というのが、 本音なのでしょう。
この国がいま抱えている問題の多くの背景にあるのは、 少子化問題であると指摘されその通りだと自ら語りながらも、 実は、総理を始めとして国会議員の多くが、 そういう認識など持ってはいないということです。
待機待ち児童の解消が少子化対策であるかのような政策も、 外での仕事を持つ女性にとっては切実な案件ではあるけれど、 少子化問題への対策としては、枝葉のように思われてならない。 本質からそれているから国民的な関心にならない。
だから、少子化と騒がれているというのに、 子供が死んでいくことに関心が持たれない。
児童の通学路上の安全も真剣に顧みられず、 子供に食事を与えないなどという児童虐待もなくならず、 親の留守宅での火事で死んでいく子供もなくならず、 母子心中による子殺しもなくならない。
日々のニュースに接していると、 子供が毎日のように亡くなっているというのに、 日常風景の一つになっているかのような取扱・・・・
深く憂慮しつつも諦念のような感覚に、 下手をすると飲み込まれそうになりますけれど、 やはり、警鐘を鳴らさずにはいられなくなります。
スカイツリーなどで浮かれているときではないはず。 水を差すつもりはありませんけれど。

植物園で撮ったお花、とてもきれいでした。 ご覧くださった方、下の「拍手」にワンクリックしていただけると嬉しいです。
- 関連記事
テーマ:思うのは私だけ? - ジャンル:政治・経済
|