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環境省は努力しているけれど、本当に地球は温暖化しているのか。

環境省は今週(15日)、2012年度の温室効果ガス総排出量(確定値)が13億4300万トンで、
1990年度比で6・5%増だったと発表。12年度までの5年間の平均は、
海外から温室効果ガスの排出枠を購入する制度などを活用した結果、90年度比8・4%減、
6%減を義務付けた京都議定書を達成していたわけです。

福島第一原発事故後、12年度は原発がほとんど稼働せず、
火力発電への依存が高まったため、排出量が増加。
前年度比2・8%増で、90年度比では6・5%増とのことながら、
景気後退の影響で排出量が減った年もあり、総体的に見れば、
排出枠購入制度などを利用し、排出量を抑えられたということでした。

さて、こうした数字のデータと実感というのは別なわけで、
わたくしは、最近、CO2の排出量削減問題の原因とされる地球温暖化について、
本当かなあ・・・という思いを抱くようになりました。
そもそも、CO2排出量の権利という観念にどうしても納得がいかない。
地球環境の問題がすっかり世界経済の問題になっている。
自然再生可能なエネルギー開発実用化にこそ、そのお金を使えばいいものを。


以前から、ネットなどでは「地球は温暖化してはいない」といった記事を散見してはいたけれど、
石原都政以前の東京に住んでいた期間が長かったせいか、昔と比べて年中気温は比較的暖かく、
季節の移り変わりもあまり感じられなくなった気がする程で、夏はもはや猛暑続きで、
光化学スモッグ警報も発令されて日中の外出もままならないことも続いたせいか、
地球温暖化という言葉は、そのまま、実感として受け止められていました。

夏を普通に暮らせなくなってきた東京を離れ、仙台に転居してからというもの、
冷房の要らない夏に安堵し、亜熱帯化した東京の夏から脱出できたことに感謝していたものの、
仙台も冬は比較的暖かく、冬になっても雪はちらつく程度。
今年のような大雪はここ数10年聞いたこともなく、滅多に降り積もることもない。
もともと仙台は太平洋に面して広がる仙台平野にある都市なので、
市内は雪は滅多に積もらず、雪かきをする必要もない暮らし。

暖冬続きとはいえお正月に紫陽花やツツジが開花する異常現象を目の当たりにし、
しかも、県北の田舎でもそうした現象が見られるとあっては、
いよいよ地球温暖化なのだろうとCD2排出削減策も見守ってきました。
そこに、あの東北大震災が発生。

それ以前から震度5強を超える地震が毎年のように内陸部で発生していたので、
いまに震度6強あるいは7に迫る宮城県沖地震も来るだろうと、
防災対策を進めていた次第だったけれど・・・・破格の地殻変動でした。

気になるのは、こうした地震が世界各地で続いていること。
大きな地殻変動が世界各地で起こる現象は、地球寒冷化の折のパターンと重なるといいます。
実際にこのところの大地震を10年単位で振り返ると、
こちらの説に説得性があるような気がしてきました。
専門家ではないので、両説のデータの読みはよく分からないし、あくまで、これ、感覚的なもの。


P4176420.jpg


この本、書店で手に取り、思わず買ってきて読みました。
京都大学大学院工学科教授の河合潤氏の著作です。

これで、富士山でも噴火し始めたら、地球は温暖化ではなく、
実は、寒冷化期に入ったということにならないのかしら。


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テーマ : 地震・天災・自然災害
ジャンル : ニュース

東北大震災から3年・・・・直視する勇気を持って前に進みたい。



あれから3年・・・
明日の3月11日にはさまざまな慰霊の式典が執り行われることでしょう。
わたくしもあの地震津波で多くの友人知人を亡くしました。
震災後に連絡が取れないまま、随分経ってから知らされました。
いまだに、どこかで「思考停止」状態です。



今日も歯科治療でした。1本の治療に8万数千円・・・
京都でのこの2年、歯科治療では本当に泣かされてきました。震災で治療が中断した歯が悪化。
転居先の京都で治療を再開することになりましたが、困難な治療で悪戦苦闘。
治療を必要とする歯は、残り3本。予約がなかなか取れず、1週間に一回の通院で1か月に1本の治療、
やっとここまできたけれど、永かったですね。

歯科通院だけではなく、週一回~二回、鍼治療と指圧マッサージで健康管理をせざるを得ない体なので、
震災後のこの2年間というのは、痛みの上でも経済的にも、本当にため息が漏れる2年間でした。


京都の寺社仏閣巡りは震災で亡くなった友人知人への鎮魂でもあり、
被災地で頑張っている人たちへのエールの祈りであり、
そうした時間を作れたことは得難いことでもありました。

京都で再認識させられた歴史の力、伝統文化の力というのは、本当に多くの糧となり、
だからこそ、頑張ってこれたかなとも思います。

この春、仙台にいったん帰ることになりました。
その後のことは未定ですけれど、勇気を奮って前に進みたいと思います。


先日、眠れないままログインして眺めたフェイスブックで以下の記事を見ました。
震災から3年目を迎えるにあたり、ここに転載させていただきます。(ご本人から了解済みです)


今年の3.11、それは通過点でしかないんだなぁ、まだまだ。失った友とその家族、知人とその家族、地域の人たち、その人たちの想いを繋ぐためにも、失わなくてもいい命を救うことに繋げていかねばならない。その為にもあえてまた今回ここにこれを残す。未だ公開できない写真も多くあるが、このありさまを脳裏にしっかりと刻んでほしい。この3年多くの方々の想いと支えにより過ごせたことに改めて感謝いたします。

【閲覧注意:命を守ることに繋げて欲しい】

東松島市大曲地区 2011-07-02>02
http://www.youtube.com/watch?v=24kgHHOXCsI
東松島市 鳴瀬宮戸地区 05/26/2011
http://www.youtube.com/watch?v=qRFvs_J-GVc
東日本大震災 宮城県 石巻 渡波 1 04/23/2011
http://www.youtube.com/watch?v=aV_w1DQCAic
東日本大震災 宮城県 石巻 渡波 2 04/24/2011
http://www.youtube.com/watch?v=L8wFj6nHQB0
東日本大震災 宮城県 石巻 万石浦 1 04/24/2011
http://www.youtube.com/watch?v=Oj6YwVl5v9A
東日本大震災 宮城県 石巻 万石浦 2 04/24/2011
http://www.youtube.com/watch?v=luF1sQ_L76o
東日本大震災 宮城県 石巻 女川 1 04/24/2011
http://www.youtube.com/watch?v=Dmx-HWwuxTg
東日本大震災 宮城県 石巻 女川 2 04/24/2011
http://www.youtube.com/watch?v=SmXp6hJ64-4
東日本大震災 宮城県 石巻 女川 3 04/24/2011
http://www.youtube.com/watch?v=I1kjGlOltvM
東日本大震災 宮城県 石巻 女川 4 04/24/2011

【製作者 宮城県 ねこにゃんさん https://www.facebook.com/nekonyan2】 

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妻が産んだ子は本当に自分の子か

先週末、小野田寛郎氏の訃報に接して各社のニュースを読み比べていたとき、
以下のニュースを目にしました。

DNA鑑定「妻と交際相手との子」、父子関係取り消す判決
(朝日新聞ネット配信ニュース 1月19日付)


離婚がいまや当たり前に行われていることを思う時、
利害が対立し感情がもつれたご夫婦の離婚裁判がどうなるか、
それは多くの方がお察しの通り、大変な神経戦となることが多い。

離婚訴訟で離婚を難しくするものは、
生活力のない配偶者(多くは専業主婦の妻)の生活費というお金の問題と、
親権を巡って争われる子供の存在で、
法律的にも血縁上の親子関係のある夫婦の離婚でも、
かように難しい問題が横たわっているわけですけれど、

上記のニュースにおける訴訟は、これまで親子として暮らしてきた父子の間で起こされた訴訟。妻が産んだ子が自分の子かどうかを訴訟で明確にし、そこにDNA上父子関係が認められなければ、その父子関係は消滅するのかということが争われているのです。背景には、夫婦の離婚問題があります。

一見、離婚の障害となっている問題を解決するのに有効だと、そう思われそうなケースですけれど、こうしたことが一般化していけばどうなるのだろうと、考えさせられてしまいました。


最高裁で審理中のケースでは、妻が産んだ我が子と信じていた子が、実は、夫の単身赴任中に妻が交際していた別の男性の子と判定された裁判が、一審、二審で、夫側は上告し、いま、その判決が下されるのを待っている段階。


離婚によって自由になりたい妻と子の側に立つのではなく、
父子関係の消滅を避けることによって離婚を防ぎたい夫の側に立つのでもなく、
一般の、わが子と信じて育てている男性の立場に立った時、
いかなる問題を生むだろうと。
また、このケース以外にも、複雑な父子関係を持っている家族にとって、
DNAで覆される父子関係というものを、どう位置付けたらいいのかと、
考えさせられています。


なぜ、こんな訴訟を起こしたのかといえば、
ご承知のように「民法772条」というものによって、

「妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する」

と定められているからで、上記のケースではこれが問われているのです。

婚姻した多くの夫婦の間に生まれた子供に対して、
それを「本当に俺の子か」という疑いを持つ夫というのは、
普通、いないのではないかと思われるほど、一般に、
結婚した夫婦と家族はこの法律によって守られているとも言えるわけです。

ドラマなどではこれを悪用して恥じない妻も出てきますけれど、
なんだかんだあっても結婚を決意して婚姻関係を結んだ一般のご夫婦にとって、
生まれてくる子を自分たちの子供として信じて疑わないはず。

けれど、女性にとって我が子であることが自明の子でも、
自分のお腹を痛めて産むわけではない男性にとっては、
あなたの子よと言われても、正直、生まれてきて抱きあげるまでは、
実感は湧かず、不安だったりするのではないでしょうか。

妻が産んだ子が我が子と信じて疑わないということは、ご夫婦間の信頼関係によるわけで、そして、正式な配偶者としての女性、つまり妻が産む子供は、男性にとって自分の財産を受け継ぐべき大事な後継者でもありますから、かつて「子なきは去れ」という言葉が妻に向けられた時代があったわけです。

正式なご夫婦であっても、生まれてくる子は他の男の子供かもしれないと、そういう疑いが持たれるような事情があった場合、夫はその子供を育てる義務は生じないということで、この「民法772条」は明治時代さながらの意識が反映されているとも言えるかもしれませんが、男性は、おかげで不義の子を育てさせる不利益から守られているわけです。


本来、夫側だけが提訴できるこの提訴も、
子の出生を知ってから1年以内と定められているのは、
こうした訴訟によって生じる親子関係や親子関係への影響を少なくし、
結果によって離婚となった場合の再起への可能性を大きくし、
子供の健全育成保護のためもあるでしょう。


けれど、自分の血を分けた子供ではないと分かっていても、夫側に、その子との父子の関係を保ちたいという思いや考えがあった場合、この「民法772条」の主旨はどうなるのか。夫の子への愛情、子の父親への愛情が成立している場合、
DNA鑑定で覆された親子関係といえでも、法的な親子関係をも覆せるのか。そこでも「722条」は適用されるのか。

その夫との離婚を妻が望んでいる場合、しかも、
その夫が、わが子の本当の父親ではないという場合、
この「民法722条」は、妻にとっては離婚の障害になる得る。

上記の訴訟の一審、二審では、こうした妻側の訴えが認められたわけです。
子どもが幼い上に妻の交際相を「お父さん」と呼んで成長しているという事情、
つまり、血縁関係上の本当の父親を「お父さん」と呼んで育っているわけで、
特殊なケースであると言えると思われますが、

二審までの判決は、結婚によって生じる法律上の父親の権利よりも、不倫であろうと不義であろうと血縁上の父親の権利が優先されるという、そうした結果になるわけで、男性にとってはかなり複雑な心境になられるかもしれませんが、最高裁の判決が注視されるのは、影響が男性だけに及ぶわけではないからです。


ご夫婦関係の現状、お子さんの成長と幸せを第一に考えるならば、
民法722条との整合性を考えた付帯条件付き判決になると思われますけれど、
判決が判例となることを考えれば、判決内容次第では、

血縁上の父親ではなくとも妻となった女性とその女性が産んだ子供を
慈しんで守ってきたという男性の場合でも、
法的に我が子に対して何の権利も義務もなかったはずの男から、
血縁上の父は俺だということで起こされる訴訟が頻発するかもしれない。

ストーカー犯罪が多発してきている時代状況を考えるに、
そんなケースも案じられる次第です。あるいは、

自分の子として育ててきた子から、愛情をうまく伝えられない父親が
血縁上の親子ではないのだから法的な父子関係も消滅すると、
反抗期になって訴えられたりするかもしれない。



人間誰もが幸せに暮らしたいと思う。
幸せに暮らしたいと願う。


法治国家である以上、考え方次第では、
暮らしの全てに対して法律に準拠した対応が可能になるとも言えます。
自分の求める幸せを実現するために提訴したり、
幸せを実現するために法律の改正や新たな法の立法を求めたりもできる。
けれど、法律というのは神様でも万能なものではありません。

こうした訴訟をわたくしたちの暮らしに照らし合わせて考える時、
法的に何が問われているのかといったことよりも、
本質的に何が問われているのか。

やがて、婚姻によって生まれた子供に対して、生後1年以内にDNA検査を義務付ける法律、鑑定結果次第で婚姻を無効にする法律も出来るかもしれません。信頼より懐疑を合理的とする婚姻関係は、いかなる夫婦関係や親子関係を築いていくのか。

立ち止まって考えてみたいと思います。



以下は、わが家の愛猫(2歳)が出産した直後の写真です。
わたくしが留守をしており、娘が立ち会いました。

出産2

不安の中での長い分娩となり、やっと産みお終えたというのに、休むことなく、
赤ちゃんの一匹一匹を舐めてやってからおっぱいをあげていました。

出産3

娘が顔を近づけても安堵の表情の愛猫。
娘は電話をくれたとき、感動して泣いていましたっけ。

出産

女性は10か月間お腹の中で育てやがて産みの苦しみを体験して出産します。
夫から出産の労苦をねぎらってもらい、そうして抱きしめた赤ちゃんを夫と共に見つめるとき、
「その赤ちゃんが本当にご主人の子かどうか、これからDNA検査を致しますね」
これって、SFじゃないのなら、笑えない未来です。


テーマ : 気になるニュース
ジャンル : ニュース

アンダーエンプロイメント現象

今週のニュース配信を眺めていて、
安倍総理の外交安全保障関連の姿勢への批判記事以外に、
気になった記事を、以下二つ挙げてみると、

米国の大卒、学歴に見合う就職が困難に―NY連銀調査
(ウォールストリートジャーナル 1月16日付配信)



こうした若者が増えていくとアメリカ社会は今後どう変化するのだろうと。
特に、アメリカのこれまでの対外政策に対する影響を考えると、
何か変化が起きてくるのではないかという思いを持ってしまう。
特に気になるのは、政党支持への影響、選挙への影響です。

その変化がわが国の安全保障上に好影響を及ぼすものになるよう、
政府は専門スタッフに調査と分析を行わせた上で、
将来に備えてのシュミレーションをしておいてもらいたいものです。




慰安婦像抗議文を米グレンデール市に提出の日本議員団、
膨らむ危機感「あの像から平和生まれぬ」「像に書かれたウソたださねば」

(産経ニュース 1月17日付配信)

わたくしもモンデール市議会に対して抗議文を送付した一人ですが、
史実に対するねつ造を平気で行う隣国のこうしたプロパガンダは国家戦略である以上、
モンデール市議会に対する抗議と銅像の撤去の要請、並びに、
モンデール市民に対する良識を求める訴え(史実の説明と隣国への批判)を、
国家的な戦略上に位置付けて行う必要がある。

国際社会、とくにアメリカにおいては、
日本的な配慮(=主張しない、抗議しない、何もしない)は、
百害あって一利なしであることを国会議員諸氏には理解してもらいたい。
主張すべきことを主張しない自粛などはもってのほかである。
日本的自粛(=甘えの構造と引きこもり心情)は通じない。

たとえ英語が出来なかろうと、通訳を雇うなりして
議員特権である議員外交に尽力してもらいたい。
タイミングを外すと、この問題は将来のわが国への信頼に禍根を残し、
国の名誉を傷つけ国益を損じる結果になる。そのことを憂えます。


テーマ : 海外ニュース
ジャンル : ニュース

追悼 森浩一氏・・・・日本を知る≪日本の古代学・地域学≫

2013年をわたくしなりに総括する、その第二弾は、以下の追悼記事となりました。
個人的には、この方を第一にご紹介したかったほど。

ここのブログでたびたび書いてきましたように、わたくしの興味関心の対象の一つは日本の古代史。
関心を持って本を読むようになって十数年になりますが、だからといって、
邪馬台国がどこにあったのかとかというそういったことにはほとんど関心はありません。


古代史をめぐる論争も一通り眺めては参りましたが、
そうした論文や著作を読めば読むほど、だからなんなんだ!?

といった感想を持ってしまうようになったのも、それら研究者の姿勢というか、
なぜ古代史を研究しているのか、なぜ、考古学を専門分野に選んだのか?
といった姿勢に多くは共感するところがなかったせいです。

日本の古代史に関心を抱くきっかけは、わたくしの場合現代の「政治」であり、
日本の国の形成というものを考えざるをえなくなったのであり、
学ぶたびにそれが現代の政治を考える滋養になりました。

受験で選んだ科目も世界史、学生時代に学んだのもドイツを中心とした西欧史。
そんなわたくしですから、日本史の知識など高校で学んだ山川出版の「日本史」の教科書レベル。

最初は律令制にいたる歴史を学び始めたのですが、
ほどなく、古代史の謎、更に上代の列島の姿に思いを馳せるようになり、
特に、京都に移り住むようになったのを契機に、本や資料を読みあさるようになりました。

そんな中で、本を通してではあっても、その言説に共感を覚え、
だんだんとその人柄に信頼を置くようになり著作を探して読み始め、
気が付けば著作のほとんどを読んでいたという経緯で、
いつの間にか人としてもたまらなく好きになってしまっていたんですね。

その人物がこちらの森浩一氏です。


森浩一氏 2013年死去


わたくしごときが説明するのも憚られますけれど、
森氏はお若いころから考古学に夢中な少年で、長じてから
日本の遺跡の発掘調査に関わってこられた考古学者ですけれど、

当時の考古学界のあり方、たとえば、発掘された異物を
大御所に連なる学者たちの自説に都合のいいように解釈する姿勢に距離を置き、
また古代史学会の、古事記や日本書記などを読むのは非科学的だと断じて
無視するといった姿勢にも安易にくみせず、文献資料の研究も大事にされ、
ご自分の直感や調査を信じてご自分で考えるという姿勢において、
まったくブレがなく、氏の言説は、シンポジウムにおける討論会におけるものでも、
実に気持ちがいいものでした。痛切に媚びない、迎合しない。
あくまでも、学者として、誠実であり、かつ慎重であり、真摯で、厳しい。

★ご参考までに ⇒ 森浩一


ウィキにも紹介されているように、都が置かれた近畿中心の歴史の見方は歴史を見る目を曇らせるという点を、当たり前のように指摘してこられ、そして地域を重視してこられた。たとえば、古代史で有名な「磐井の乱」

これをヤマト政権中心に見るから「乱」と命名される。
それでは当時の真実がいかなるものだったのかは見えてこないと、
地域の発掘を通して見えてくるものを大事にされた。

天皇陵を記紀に書かれたどの天皇陵とするかといった点においても、
明治に指定されテ以来、すでに定説となってきた天皇陵名でも、
その後の考古学上の発掘や研究から覆されている天皇陵名も少なくない。

考古学的に証明出来ない天皇陵は、宮内庁でどのように指定していようと、
先入観を持たないために在地の名前で呼ぶことも提唱。

学校で習っていたあの仁徳天皇陵が、大仙陵古墳と呼ばれるようになっていたことを知った時には、
正直、混乱し驚愕したものでした。

氏は、遺跡の保存運動にも尽力してこられた。高度成長期の開発で破壊され失われた遺跡の数々に対し、
調査に携わった経緯から残念な思いを山ほどしてこられたけれど、
それを声高く叫ばれることもなかった。

学会における研究者たちの姿勢に対しても
批判すべき点は批判するけれども大声で叫んで糾弾することもない。けれど、
自らの姿勢を通して静かに忍耐強く問いかけ続けてこられた。
著作を通してそのように思われてなりません。

ご専門の考古学にはめられていたような垣根に拘られることなく、
記紀そのたの文字資料、金石などに刻まれた文字資料、
いわゆる文献資料の研究にも真摯で、史料の読み込み研究は、
中国、韓国の古代歴史資料にも及び、必要な時には
古代の文字の読み方もご専門とする方たちから指南を受けられ、
他分野における研究成果に対する識見も高く、氏の対談本はとても楽しみでした。

わたくしは考古学のことは良く分かりません。けれど、
これほどまでの情熱を支えていたものは何だったのだろうと、
訃報に接してからずっと考え続けてきました。

訃報に接した時のショックと寂しさをどう言えばいいのか・・・・
森浩一氏の本ならずっとずっと読み続けたかった一人として寂しくてならない。

この氏を2013年を振り返るときの人物として挙げさせていただいたのは、
そうした個人的な感情や思いを超えて、氏のメッセージとして、
以下の事を改めてかみしめたいと思われたからです。


自分の頭で考えるということ。
そのために必要なことは自ら地道に勉強するということ。

ものを考える際の基本を踏まえその歴史を踏まえ学ぶということの大切さは、
我流での学問研究には意味はないその期間は無駄になるという氏の、
厳しい言葉に表れているように思えました。


新たに分かったことでこれまでの定説が間違いであったなら、謙虚にそれを正していく勇気。
新たに分かったことでそれまでの自説が補強されたとしても、それを自らの功績として偉ぶらない。
学究というものに終わりはなくすべては継承されて行く。

継承されるべきことが継承されて行く時、少しづつ明らかにされていくという姿勢は、
ある種の諦念といってよく身震いするほど見事だと思います。
そこに野心も小我はなく、まっすぐな情熱があり、継承されるべきものへの確信と畏怖の念、
そして、それらを継承する人々への信頼と喜びさえ感じられました。
このような素晴らしい生涯学徒の鏡のような人物が、去年、亡くなられました。

氏が、晩年に、

「日本は広い、広すぎる」

と言われた晩年の著作における言葉、
地域主体という言葉の本源を教えられたように思いました。

いまでも寂しくてなりませんけれど・・・・、
氏のご冥福を心からお祈りしたいと思います。


氏のご著作を左のカテゴリーの「おススメの本」のコーナーでご紹介したかったのですが、三冊しか挙げられなくて残念でした。興味を持たれた方はご検索くださり、まずは、つぎの数冊をぜひお読みいただきたいと思います。ほとんどは文庫本や新書で買えます。

★日本の古代史を知りたい勉強したいなあと思われた方

「古代史おさらい帖」(ちくま学芸文庫)
「考古学・その見方と解釈(上下)」(筑摩書房)

★邪馬台国論争に疲れた方

「倭人伝を読みなおす」(ちくま新書)
「山野河海の列島史」(朝日新聞出版)
「日本の深層文化」(ちくま新書)

★関東以北にお住まいの方

「日本史への挑戦」森浩一、網野善彦対談本(ちくま学芸文庫)

テーマ : 歴史
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