多忙のため、「原発選挙・・・山口県上関町の町長選挙を考える」(1)(2)を書いたまま、続きをブログにアップできないでいる間、上関町長選挙の実情についてご意見を下さった方、そして、事情に通じておられる方たちのご意見が寄せられているサイトをご紹介くださった方があり、それらを拝見しいろいろな思いを抱かされると同時に、改めて考えさせられた事案もございました。 その感想に関しては、「原発選挙・・・山口県上関町の町長選挙を考える」(2) のコメント欄に書かせていただきましたので、関心をお持ちくださる方は、 そちらをご覧くださいませ。
わたくしがここのブログで書きたいと思っていることは、 原発反対という立場で上関町に集ってきた左翼運動家(プロ市民活動家ともいう)や左翼ゴロと称される面々、反対派に身を置きながら実は推進派と地下水脈で繋がっていたという選挙ゴロの面々、そうしたイデオロギー戦や選挙戦における戦術に関することとは無縁のことで、また、地方自治や住民自治といったことをテーマにしたものでもありません。
原子力発電所の誘致と建設をめぐる自治体ではどこでも歴史的に、 上関町と同様の選挙が行われてきたという認識でおりますけれど、 わたくしの関心は、原発の是非ではなく、
原発誘致と建設で町が発展し、 豊かで幸せな暮らしを築いていきたいと思う人たちの思いと、 原発誘致と建設では自分たちの暮らしが壊されると考えて、 原発に反対し続けておられる人たちの思いであり、
こうした方たちが同じ自治体の住民として、 今後も対立し敵対していくのか、その歴史を今後も歩むのか。 ということに関心を寄せているのであり、 だとするなら、両者が歩み寄ることができるためにはどうしたらいいのか。 それをささやかなブログではあるけれど、 ここで皆様といっしょに考えたいということです。
テレビでの報道を見ていたときに、 こちら(↓)の住民の方の言葉に一番胸を打たれました。
推進派だとか反対派だとか、そういうことじゃなくて、 どうしたらこの町をよくできるのか、 どうしたらこの町で皆で暮らしていけるのか、 そういうことなんだと。 選挙の結果は、

どうしたら生活できるか、 どういう町にしていけばこの町で暮らしていけるのか。 それを町の住民である皆が考えた。 選挙はその結果であると。
テレビでは反対派の方たちの意見も取り上げていました。 全部の選挙でこんな風にテレビが報道してくれたら、 選挙を取り巻く情勢も投票率もさぞかし違ってくるだろうなあと、 そんなことも思いながら見ておりました。
中国電力が原子力発電所の建設を予定している田ノ浦地区海岸の、 その対岸にあるのが、こちらの祝島(いわいしま)というところで、 島民の方たちの98%が原発に反対しているそうです。 今回の選挙でも推進反対の票を投じられたものと推測されますが、

対岸の寄港地の上関町四代港から祝島まで15分とのこと。 ヨット愛好家の友人が言うには、ホクレアとかいう船が来たのでも有名だそうです。 リンク先でご覧ください。わたくしは船よりも海に目が行ってしまいました。 実にきれいなところです。 観光事業で町おこしすることは考えられないのでしょうか。
今般の選挙で敗北された候補者は、 「上関原発を建てさせない祝島島民の会」の会長でいらっしゃるとか。 この祝島にお住まいか、島のご出身の方なのでしょうか。 祝島の方たちの多くは漁業、農業に従事しておられ半農半漁の方が多く、 瀬戸内海でも屈指の好漁場と称されているので、 昔から漁業が盛んなところなんですね。

枇杷やみかんでも祝島の名は知られていますから、 こうした漁業や農業を拡大していければ経済的な自立も可能で、 さらに、生産を上げていくことも可能でしょうし、 豚の飼育でも注目を浴びているとのことでした。
自然に恵まれ、漁業でも農業でも食べていけて、 さらに、豚肉の生産でも食べていけるというのですから、 原発経済に依存せずにやっていこうと思えば、やっていけるし、 その方面で上関町全体の発展も可能なのではないかと思われたほど。 けれど、原発反対の理由として挙げられたのは、 (テレビの報道なので、当然、何らかの意図で編集されて放映されているものですが)

先祖からずっと受け継いできたものは、 先祖が守り続けて伝えてくれたものです。 それに感謝するという思いはよくわかります。

それを守っていきたいという気持ち、 それを子供の世代に受け継がせていきたいという思いもよくわかります。 自然環境がすばらしいし、そこで食べていけるのですから。 それを子供や孫の世代に伝えていくために、 そうした恵みを守りたいという思い、守らなければという思い。

原発が出来たらすべてが駄目になる・・・という思い。

こうした声がほとんどでした。
なぜか、わたくしは、 やりきれないような、さみしさのようなものを感じてしまいました。
なぜって、祝島の方たちのこうした声を聞く限り、 祝島の住民の方たちは祝島のことしか考えていないのかと感じられたからでした。 上関町の中の祝島ですよね。上関町の中で祝島だけが自立できればいいのかと。 祝島の島民の方たちの暮らしだけが成り立てば、 自分たちの暮らしさえ守れれば、 それでいいのでしょうか。
宮城県にも原発があります。 その原発がある女川町という町は風光明媚な自然環境に恵まれたところで、 昔から漁業の町です。そして、いまも漁業の町です。 今回の地震と津波で言葉では言い表せないほどの被害を受けた町の一つです。 町の復興は目処も立っていませんが、漁業は復興の途につきました。 先月、初の水揚げがあったばかりです。
わたくしは、震災以前、この女川はまだまだ発展していく可能性というか、 発展のダイヤの原石のようなものがあるなあと思っていました。 それだけに、漁業の復旧の凄さには感銘を受けました。
こういう話をさせていただくのは、祝島の方たちに、 女川のように原発を受け入れても大丈夫ですよ、 などと言いたい為ではありません。
祝島の対岸にお住まいの上関町の方たちも含めて、 町の発展には、町全体の意思形成や協力が必要だということで、 そのためにも話し合いが必要であり、 合意形成のためには、さらにさらに話し合いが何より必要だということ。 意見の対立がある場合はなおさらに、 民意の形成や合意には気が遠くなるほどの時間がかかるものです。
推進したい方たちは、その推進によって自分たちだけではなく、 祝島の人たちの暮らしがどう豊かになるのかを語っていただきたいし、 祝島の方たちには、島以外の町に住む人たちの暮らしが良くなるために、 祝島の自立を町全体の経済的自立にどう貢献させられるのか、 上関町全体の発展のために共に知恵や提案というものを出して 語り合っていただきたいなあと。
原発の推進賛成と反対というのは、 最初は生活防衛のものだったろうと思います。 それが、知らず知らずのうちにイデオロギー闘争だの利権闘争だのといった、 どろどろしたものにまみれて行くうちに、 それぞれの方たちの価値観の違いによる対立になってしまった部分も、 少ないのではないでしょうか。
原発選挙というのは、 かつてもいまも、あることを見えなくさせてしまう・・・
農業や漁業という産業に従事して生活のできる方たちと、 農地や魚場を持たない人たちとでは、 その価値観の違いは、大きいはずです。 対立したまま闘争しても、実は、溝は大きくなるだけではないかと。
かつて、生産者と消費者の価値観は相当違っていました。 けれど、いまはどうでしょう。双方が話し合いの場を設け、 地道に忍耐強く、出来るところから話し合いを続けてきた結果、 双方が共に豊かになる道を見つけつつある。 そう言える所まできたように思います。
原発は設置されて稼動し始めても30年でその役目を終えます。 つまり、老朽化して使えなくなるわけです。 原発建設を推進し稼動させるとしても、それに至るまで時間がかかります。 仮に、建設を進めその建設が終わり、稼動する局面を迎えることになったとき、 その30年間という期間に町に入る巨額な原発マネーを、 町と住民の方たちのために、30年間、最大限有効に使い続け、 その後の町の発展のために、その原発マネーを、 活きたお金として有効に使い切る!という自信はあるのでしょうか。 事故というリスクに見合うだけのお金の使い方・・・・
関係各位には賢明な話し合いを続けていかれることを、 期して祈りたいと思います。
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