月光院璋子の日記
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月光院璋子

Author:月光院璋子
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玉蜀黍(とうもろこし)は夏の風物詩なれど、季語は秋です。
いただいたトウモロコシ

お友達から、トウモロコシをいただきましたので、
さっそく茹でましたところ、
とても甘くて美味しいトウモロコシで感激。

画像 1064


トウモロコシは、漢字で「玉蜀黍」と書きますが、
漢検1級を受験される方は覚えておかれるとよろしいですよ。

夏の風物詩として定着している玉蜀黍ですが、
季語は、秋なんです。8月7日が陰暦で立秋ですものね。
セミが命の限りに鳴いていても、いかに猛暑の只中でも、
立秋を過ぎた頃の食べ物だからかなあと。
けれど、「玉蜀黍(とうもろこし)の花」は、夏の季語で、
しかも、俳句に詠まれるのは雄花なんです。


      もろこしの雄花に広葉打ちかぶり      高浜虚子



写実の秀句ですね。
玉蜀黍も玉蜀黍の花も、伝統俳句で詠もうとすると、
生活苦いえ、生活句となってしまいがちで、
そうした俳句があまり好きじゃないわたくしにとって、
難しい季題だなあといつも思います。
なので、今度は、とうもろこしを詠んだ現代俳句を、
現代俳句の草分け的な俳人の句から
一句選んでみました。



      海峡を焦がしとうもろこしを焼く        三谷 昭



今読んでも、どきりとさせられますね。
けれど、こうした秀句には、
現代俳句でもなかなか出会えないなあと思うわたくしです。



  
   


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直江兼続(なおえかねつぐ)の漢詩
3.26 白い花


NHKの日曜日夜8時からの大河ドラマ「天地人」、
去年の「篤姫」に続いてこちらの人気もかなりのようですが、
主演の直江兼続(なおえかねつぐ)が、
戦国時代武将の中で漢詩の作り手としてかなりのものだったということ、
いまのところ、ドラマの中では描かれていませんね。
(時々、見ているのですけれど・・・)

そこで、我が殿命という忠臣兼続の、
素直で明るい性格がよく出ているなあと思われる漢詩をご紹介したいと思います。

冬風吹尽叉迎春     ・・・冬風吹き尽くして叉春を迎う

春色悠悠晷運長     ・・・春色悠々婁(き)の運(めぐ)ること長し

池上垂糸新柳緑     ・・・池上糸を垂れ 新柳緑に

檻前飛気早梅香     ・・・檻前気を飛ばして早梅香し


意味は、

冬の風が吹き尽くした。また春を迎えるんだなあ。
春の日中は悠々としていて、日も長くなった。
池のほとりには柳が枝を垂(た)れていて、その葉らは新緑に輝いている。
軒先には早梅が香りを放って何ともいえないいい香りだ。

という感じ。

兼続20歳の頃の作ということなので、若い頃の兼続の”精神”の姿形って、
ホントに妻夫木くんと相通じるところがあるのかもしれませんね・・・・。
妻夫木くんが漢詩を作れるなら、見てみたいなあ・・・



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富澤赤黄男の俳句
昨夜、就寝時に久しぶりに富澤赤黄男の句集を読んでいたら、
ある画家がいきなり思い出され、
その画家と彼の俳句が重なり出しました。

     壺白くインクは冬の灯(ひ)を吸える

     膝の上に真青(まっさお)な魚(うお)が落ちて

白や青といった色とは結びつかなかったのですが、
     
     雲聳(た)ちて蟹は甲羅の干(かわ)きゆく

     波耀(て)れば蟹はしづかに眸(め)をつむる

といったあたりからでしょうか。

     落日の巨眼の中に凍(い)てし鴉(からす)

     貝殻と蟹で賑(にぎ)わっている眞晝(まひる)

     風の中白いペンキを塗る男

     夕焼けの金をまつげにつけてゆく

     襟もとに白い三日月をさしてゆく

     黄昏(たそがれ)の象きて冬の壁となる

     秋風のまんなかにある蒼い弾痕(だんこん)

そして、

     雨ほそく魚板(ぎょばん)の魚(うお)は瞳(め)をつむる

     一木(いちぼく)の凄絶の木に月あがるや

     沛然(はいぜん)と雨ふれば地に鉄兜(てつかぶと)

     黄昏(く)れてゆくあぢさいの花にげてゆく

     
やがて、

     乾きたり石鳴りもせで  はしる蜥蜴(とかげ)

     春暁(しゅんぎょう)は  からたちの棘(とげ)  ばらの棘

     無名(アノ二ム)の空間  跳び上がる  白い棒

     枯木の義手の  穴だらけの時間よ

ここまでくると、

     鶏の  肢跡(あしあと)のある  白い構図

     無題の月  ここに  こわれた木の椅子がある


これらの句に詠まれた世界がその画家の作品として、
目の前に立ち上がってくるような気がし、 

    零(ゼロ)の中  爪立ちをして哭(な)いている


その人が、
去年、練馬区立美術館で見た石田徹也と
すっぽりと重なってしまったのでした。


富澤赤黄男という俳人は、
いわゆる新興俳句と呼ばれた俳句の一派の作家と言われている人で、
伝統俳句のホトトギスなどの流派の俳句を批判して、
あたらしい俳句を創造しようとした一人として、
西東三鬼(さいとうさんき)と並び称されています。
なので、上記の俳句のように、
季語もへちまもなく詠まれているわけで、
定型の約束事を守る俳句を良しとされる方達には、
あまり好まれないかもしれません。

わたくしも、個人的に、
いわゆる自由律俳句や現代俳句と称される俳句には、
正直な気持ちとして距離を置く一人ですが、
理を超え定型を踏み越えていくその真情には、
胸が揺さぶられる一人でもあります。
彼らは、詩人だと痛感するのです。

なので、
こうした俳句を深夜の就寝時に
時折、開いては読んでいるわけですけど・・・・
よもや、富澤赤黄男の句を読んで、
石田徹也が立ちぼってくるとは、
新鮮な、けれど、考えてみれば実に自然な驚きでした。
皆様はどうお感じになられたでしょう。


著作権の関係で石田徹也の作品をここに
掲載できないのが大変残念です。


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藤の花
20080518_11.jpg






        木の末をたわめて藤の下がりけり               正岡子規




20080518_34.jpg



藤の花なら、多くの方が見知っておられるでしょうが、
その藤の樹の幹に目が向く人は少ないのでは・・・・
樹齢400年の藤の根幹、恐るべし。
かつ、子規の眼差しも恐るべし。






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若芝
ハムスターの墓地のいま






          若草の紛れる色となりにけり       稲畑汀子  








 

桜もあっという間に散ってしまいましたが、
樹の下に目をやれば、若草はいよいよ本格的な緑になろうとしています。
この時期の若草でおおわれた写真のような草地を、
若芝(わかしば)と言います。




連日、人が殺傷される事件が次から次と起こっていて、
こんな人の世にあって、

家事をしながら普通にご飯をいただき、
休日には訪ねてきてくれる友人と飲み語らい、
平日は映画を観ては物思い読書をし、
娘を学校に送り出しては帰宅を待ち、

そうした一日が終われば、
猫を抱いて安眠するわたくし・・・

自分で自分が分からなくなる瞬間があります。
そんなとき、枯野のような心に
若芝を敷き詰めるのは難しくなるわたくし・・・



娘が小学生だった頃可愛がっていたハムスター
そのチュースケの亡骸を埋めた川原近くの草地に行ってきました。
こうした草地に立って、若草の萌え出でる色を眺めて過ごすと、
だんだんと心に若芝が広がってくるような、
そんな気持ちに立ち返れます。




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遅桜(おそざくら)
桜盆栽咲く 2.blog





               人生に忘れものあり遅桜          璋子

              

もうじき新緑が街をおおう季節になり、花も牡丹と、
そう聞かれる頃になりますが、ミニ盆栽の桜がこの週末咲き、
我が家はなおも桜を愛でる日々の中にあります。

花時(はなどき)に遅れて咲く桜を、歌の世界では「遅桜」(おそざくら)と詠みます。
盆栽の桜でも、そう言うのかどうかわかりませんが・・・

桜の開花前に「桜盆栽」の富士桜が咲いて、
桜が終わった後にミニ盆栽の桜が咲く・・・・
まるで行く春を惜しむかのようですね。





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桜(20)----雨に散る
桜散る 雨


今朝は憂鬱です。

とうとう、桜も
雨で散ってしまいました。


     降り注ぐやわらかな雨期せずして 
               花送り役黙して行ふ             璋子



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桜(19)--- 最後の歌
大橋に行く通りの桜






         今宵こそおもひ知らるれあさからぬ           
                  君に契りのある身なりけり     西行








昨日終日降った雨は昨晩一晩中降り続き、
当地の桜も終わりそうです。

昨日はちょっと暗い歌が続いてしまったので、
今日は、この歌を挙げて西行は終わりにしたいと思います。

今更のようにこんなにも深い縁(思い)があったのかと、そう思うような、
そんなお相手、皆様にはいらっしゃいますか。
桜は、そんな思いを思い起こさせてくれるので、
たまらなくなるのかもしれませんね。

         

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学


桜(18)--- 地獄と極楽
夜桜

         




          ひまもなき炎(ほむら)の中のくるしみも
                   こころおこせばさとりにぞなる           西行







抹香くさいことは、苦手なわたくし。
だから、お説教も嫌い。

けれど、
西行のこの末期の心栄えには、
なぜか、いつも涙があふれてきます。














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桜(17)---この世の地獄を詠んだ西行
夜桜 3




         なべてなきくろきほむらの苦しみは
              よるのおもひの報いなるべし            西行




        
         見るも憂しいかにすべきか我がこころ              かかる報いの罪やありける              西行
 



西公園 花の伽藍


昨日でご近所の桜も見納めとなったかもしれません。
なぜって、週末の今日、朝から終日雨となったから。


ご紹介の歌、西行といえば、日本人の情緒にそのまま染入るような、
そんな歌を思いこされる方が多いはず・・・
そんな西行にしては珍しい歌です。
過日ご紹介した歌は、青年西行の歌ですが、
こちらは晩年の歌。

これらの歌は、お子様お断りの歌の世界です。
最初の歌は、男女の愛と性をストレートに歌っている歌ですが、
後者は、地獄絵を詠んだ歌です。

西行は晩年、「地獄絵」に相当な関心を持ちました。
わたくしは子供の頃にハマりました。
その地獄絵の凄まじさは、筆舌に尽くしがたいものがあります。

けれど、その地獄絵をまさに同じものを
つい最近目にしました。
「人の殺され方」という本の中でです。

このブログのサイドコーナーでご紹介しています。
こちらのブログにお越し下さるような方なら、
その真意はご理解いただけると思いました。

書評にも書いた通り、好奇心でこの本を手に仮に手にされる方がおられてもいても、
そこで紹介されている≪人体の死≫の現実に目を向けることで、
わたくしたちの≪死≫というものは≪人体の死≫に他ならないということ、
ゲームや観念での死ではなく、リアルな≪人体の死≫が、
わたくしたちの死であるということをお考えいただけるはず。

そして、老年に達し寿命を全うした自然な死ではなく、
自殺も含めて≪殺される≫ことで迎える死が、
いかに無残なのモノであるか・・・

どうしてこんな死を迎えなければならなかったのか。

地獄絵ならぬ現実の事件で多くの人が命を奪われている今日、
新聞でもTVでもネットでも「殺」という言葉を見ない日はほとんどない今日、
いかに文明が開かれ文化が洗練されても、
まさにこの現世の社会こそ地獄そのものだと、
そこに思いをはせていただけるなら、
少しは世の中も良くなるかもしれない・・・・
そう祈らずにはいられない思いを抱かされました。

わたくしたちは、≪人体の死≫について、
あまりにも知らなすぎる・・・・


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