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震災時の「率先避難者」(2)・・・和歌山県串本町の心構え

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今度は、同じ串本町の小学校の「毎日の」「避難訓練の」ご紹介です。

早い!そして、速い!


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これにも驚きました。皆さんはこれまでどんな避難訓練を体験してこられましたか。
こうした訓練時には、決まってふざけたがる年頃の子供たちもいるだろうに、
ギャングエイジと言われる小学3,4年生も真面目に真剣に走っているのです。

ここ串本町は東南海大地震が発生したら、
その直後の大津波の襲撃まで3分の猶予しかありません。
こうした地域は、この串本町に限った話ではありません。
去年の夏、旅をした高知県でも同じはず・・・・


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その避難所まで3分以内に辿りつかなければ、大津波に飲み込まれてしまう。
だから、避難路を毎日、走る、そこにある長い石段を懸け登る・・・・
早く避難に取り掛からないとだめなんです。速く走れるようにならないとだめなんです。

だから、「毎日」訓練しているのです。


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授業の進行の妨げになるなどと言う親や保護者やいないに違いない。
校庭まで2分、避難所まで3分、集合場所での点呼に数分、掛ける2という時間を、
命を守る「率先避難者」になるためのその時間を、惜しまなければならない理由がどこにあるだろう。

ここにはモンスターペアレンツなど、存在しようがない。



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親なれば、先生の言うことをちゃんと聞いて、まじめにやれと、
そう諭すことでしょうし、こうした労を惜しまない学校と先生に対して信頼し、
わが子を学校に行かせることに安心し感謝の思いこそ抱くはず。

夕食の場では、今日は3分以内に山頂に着いたと報告する子供に、
親は、よく頑張った、明日も頑張れと、自分の命は自分で守れと、繰り返し教えることになる。
そして、震災時の対応についても家庭での話し合いが広がっていく。


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子供たちを避難率先者にする指導と教育は、決して自己中な子供を育てない。
ここでは、命の尊さは皆同じだということを頭と心と体で学ぶことができるからです。
毎日走れば、脚力もついて丈夫にもなる。
子供たちがそれぞれ3分以内に避難所に辿りつけば、一体感も生まれるに違いない。

いじめや不登校や登校拒否の子供もいなくなる。

自分の命が助かったとき、友達や他の人たちの命も助かって欲しい。
周囲にも目が向いてくる。


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温厚で物腰も柔らかいな先生ですが、本気です。

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本気で、学校にいる子供たち全員の命を、地震後の大津波から守るために、
毎日、いっしょに避難所まで走る訓練をしておられる。

どこかの学校でのように「こなす学校行事」としての避難訓練ではないんです。
真剣なんです。本気でやっておられる。

だから、同じ地域の住民の方たちの「思考」が動き出すのです。




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津波がきたら、そのときは仕方がないと言っていた地域の方たちの心が覚醒し、
高齢者もお身体がご不自由な方たちも、死ぬ時は一緒だからと言っていた方たちも、
それまでの思考停止状態ではいられなくなったのです。

ふうふう言いながら時間をかけて石段をやっとこ上っていたという方たちも、
この「毎日」の30分間程度の訓練によって、毎日参加できるわけではなくとも、
参加していくことによってどんどん足腰が鍛えられてきているようです。


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ご高齢者の方たちの表情が、以前とはまるで別人でした。

途中から見たので、どれだけの時間をかけて取材された番組かは分かりませんでしたけれど、
震災から3年を迎えた特集番組の中で、もっとも印象的で心に残るものでした。

希望が、そこに見えたからだろうと思います。


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多くの方にこの串本町の小学校の取り組みを知っていただき、
学校や幼稚園保育園で始まった「毎日の避難訓練」の実践にヒントを得て、
自分たちにできることをお考えいただけたらと思いました。


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東北には「いのちてんでんこ」という言葉があります。
それが風化した矢先の大震災でもありました。だからこそ、
子供たちを「避難率先者」とする訓練と指導を始めていただきたいと切望します。
この和歌山県串本町の心構えが、県内に、そして、他県にも広がっていくことを期してやみません。


★しばらく不在のため、本記事も予約投稿によるものですが、異論反論でもコメントをいただけたら嬉しく思います。
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テーマ : 地震・天災・自然災害
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震災時の「率先避難者」(1)・・・和歌山県串本町の心構え

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東北大震災から3年を迎えたということで報道された特集番組の中で、
思わず見入ってしまったのが、この和歌山県串本町のある幼稚園での試みの紹介番組でした。

何と、震災時の避難訓練を「毎日」実施しているのです。
毎日!!!です。それで思わず見入ってしまいました。


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避難訓練だからといって、参加することに意義があるといった退屈さなど皆無。


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子供たちは、先生の合図で、やりかけのことがあっても、
「迷うことなく」「一斉に」「躊躇なく」避難先の山を目指して走り出しました。

なぜ、避難所を目指してそうした行動が出来ているのか。
その子供たちの声をご紹介すると、


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鉄は熱いうちに打て、ではありませんが、小さな子どもたちの命を守るには、
自分の命を自分で守ることができるように訓練することがいかに、
実行性と実効性を高めることにつながるか。
それを、まざまざと見せられたように思いました。

「なぜ、毎日なのか」と問われれば、
「だから、毎日なのだ」ということです。

走る、気をつけて走る、山に向かって走る。
長い石段を上る、駆け上がる、出来るだけ早く、です。
そして、全員が津波が来襲するまでに山頂の避難所に着くまでになっていました。


この訓練を指導してこられた先生の言葉がこちら。


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というのも、この地域は、東南海大地震が発生したら、
数分後には高さ17~19メートルの津波し、幼稚園を飲み込むと予想され、
この警告に対して現実的な対応をしなければ子供たちを守れないからです。

だから、先生は子供たちの命を守るために、決断された。


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あのマグニチュード7とも8とも9とも記録された大地震が、
いかに千年に一度というものであったとしても、
地震直後の津波に対する警戒感があまりにも「避難訓練的」だったために、
多くの犠牲者を出してしまった宮城県石巻市の大川小学校で起こったような悲劇を、
繰り返さないためにどうすべきか。どうすれば津波から命を守れるか。命を守らせることが出来るのか。

これは、津波の警戒区の住民にとっては共通の教訓のはず。

地震直後に幼稚園や小学校と連絡が取れず(地震直後に電話がつながらないのは常識)、
子供たちが避難したのかどうかも分からないまま、
迎えに行く必要があるのかないのか判断することが出来ずに、
車で子供を迎えに学校に向かう途中で津波に襲われて亡くなった方たちが多かった悲劇を、
どうすれば防げるのか。この3年間で、地域や学校や幼稚園や家庭で対応策を考えたのだろうか。


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大川小学校の悲劇を繰り返さないためにどうすべきなのか。
町の人々の現状を踏まえて何が出来るのか。

というのも、この串本町も少子高齢化が進んでいる町で、
住民の方たちの中にはこうした意識の方たちが少なくないからです。


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気にはしつつも、だからといって、具体的に対応策を考えているわけでもない住民の方たちは多い。
そして、イメージできることは、普段の自分たちの様子からして、


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高齢だから、体が思うように動かないから、病気だから、一人住まいだから、


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その時はその時だわね、諦めるしかないわね、と口にする。


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この「(津波で)としても、そのときは自分ひとりじゃないし」という心証は、
高齢者だからでも、持病をお持ちだからでもなく、思考停止だからなのではないか。

だとしたら、お説教しても駄目で、命は大切になどと語っても無駄なのである。

けれど、津波で「死ぬのはあなただけ(かもしれない)」となると、
そういうイメージが出来てくると、人は変わる。津波で死んでなどいられない。怖くなる。
そこで、思考が働き始める・・・・津波で私一人が死ぬなんてことにならないように。


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串本町の幼稚園の先生たちは本気である。
町内の思考停止状態のご高齢者や病気の人、体が思うように動かないという人たちや、
死ぬ時は皆いっしょだろうと口にする一人暮らしの方たちに説教をしない代わりに、
子供たちに裏山の避難所まで走らせる避難訓練を、毎日、実践しておられる。

震災後、初めて目に前が明るくなる報道でした。
次回、串本町の小学校の避難訓練の取り組みをご紹介させていただきますね。


★3月21日より留守をしているため、時事性のない記事のみを予約投稿させていただいています。

テーマ : 地震・天災・自然災害
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京都北山の町家「サーカスコーヒー」(CIRCUS COFEE)

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御所の北を通る北山通に面した家並みは、
といっても京都コンサートホール周辺しか知らないのですけれど、
北大路駅からも近くて徒歩17分といったところ。

この辺り、市の中心部と比べてサイズ的にゆったりしているせいか、
町中の路地の長屋的な「町家」と違って、空間的にゆとりのようなものが感じられ、
そこを東西に走る北山通は、奥に閑静な住宅街が広がり、
面白いお店も多くてお気に入りのストリートです。

その北山通りと大宮通りの交差点角にあるコーヒーショップが「サーカスコーヒ―」です。
傍らを通ったときに入ってみようと思ったことが幾度となくありながら、
なぜか、いつもお休みと重なって入ることができなかったお店。


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実は、ここ、コーヒー豆のお店なんです。自家焙煎の珈琲豆を販売しているお店です。
なので、カフェではないけれど、豆を300グラム以上購入したお客様には、
マスターが淹れてくださるコーヒーが1杯、無料でサービスされるんです。


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中をご紹介したかったのですけれど、
中でコーヒー待ちのお客が幾人か座って並んでいて、カメラを向けるわけにもいかず、
今回は断念した次第。


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サーカスブレンドと賀茂川ブレンドの豆を200グラムづつ購入。
サービスで出されたコーヒーがすこぶる美味しかったので、コスタリカの豆も追加注文。
さて、どんな感じかしらと帰宅後に淹れてみれば、5日間で全部飲み終えてしまいました。
特色は、程良い香りと苦みや酸味と甘みのバランスの良さ、つまり飲みやすさ、
とでも言えばいいでしょうか。

朝はまず珈琲をストレートでという方や就寝前にも珈琲が飲みたいという方、
お茶代わりに珈琲という方やアメリカンコーヒーのお好きな方はハマると思います。
ヘンな癖や濁りがないのです。

また、買いに行かなきゃ。(=^^=)

サーカスコーヒー(CIRCUS COFEE)(←クリックしてご覧ください)


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店内に入った瞬間、最初に驚かされるのはここのマスターの店内での立ち位置。
とてもユニークで、上から見下ろすような高さでコーヒーを淹れられるのです。


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ちなみに、コーヒー生豆鑑定マスターとのこと。
次回は、写真付きでインタビュー記事をご紹介できたらいいかも、であります。

テーマ : 京都
ジャンル : 地域情報

京都 光悦寺(6)・・・・眺望

光悦寺 ブログ23


光悦寺は、たくさんのお茶室があることで知られていますが、
光悦の時代のものではなく、大正時代以降に建てられたものだそうです。

わたくしはお茶の世界には通じていないため、
敷地内にあるお茶室の中に入ったことはありません。
ご紹介したくとも通り一遍のことになりますし、中はご案内できないので、
以下のお茶室の外の眺望を、ご自由に眺めて楽しんでいただければ幸いです。

眺めていると時間の経つのも忘れるほどの眺望で、
ずっとここにいたいなあ・・・とため息が漏れたほど。


光悦寺49



光悦寺 ブログ26


どれが鷹ヶ峰なのか分からないままでした。




留守をしておりますので、これは予約投稿記事です。

テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

京都 光悦寺(5)・・・本阿弥光悦の菩提寺

光悦寺 ブログ22


これが本阿弥光悦のお墓化と思ったら、
光悦会という本阿弥光悦をしのんで発足した茶会の関係者の方たちが建立した慰霊塔のようで、
光悦のお墓はこちらでした。手前に「光悦翁墓」(光悦のお墓)という立て札がありました。


光悦寺34

光悦寺33


レンズを拡大して見ましたが、よく見えなくて残念。
でも、苔蒸していたせいか、石のお線香立ての代わりの竹のせいか、風情がありました。

本阿弥家の方なのか、軍人の方のお墓などもあって、
お話が聞けたら良かったなあと。


下の写真は、説明板の通り、光悦の関係者。



光悦寺44


向かって左が本阿弥光甫(こうほ)のお墓で、光悦の孫にあたります。
光悦の養子の光瑳の子ですが、空中斎と号し、光悦に似て多彩な才人だったようで、
家業である刀の磨礪,浄拭,鑑定を行うかたわら、茶の湯,作陶,絵画など多才ぶりを発揮。
光悦を上回る目聞きだったようです。
向かって右の本阿弥光瑳のお墓よりも大きいですもんね。
石高も光悦を上回り、光悦の伝記をものしている才人でした。
関心を持たれた方は美術年鑑でご検索ください。


光悦寺45


一番奥にあるのが、本阿弥一族のお墓のようで、まさしくここは本阿弥家の菩提寺です。

こうしてお墓のご紹介をしていると、墓マイラ―のブログかと勘違いされそうですが、
お墓って何とも言えない対面の場なんですよね。なので、
気が付いたら墓マイラーの仲間入りになっているかもしれません。



本記事は3月21日より留守にしているため、投稿予約記事です。

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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