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京都 銀閣寺 Ginkaku ji Temple (2)・・・・国宝「東求堂」と足利義政

この義政像、すさまじくリアルですけれど、こんなお顔をしていたのでしょうか。


足利義政の顔


銀閣寺 ブログ21
(国宝の「東求堂」です。4月7日に撮りました)

それにしても、この銀閣寺を建てた義政というのは、
いかにお公家出身の将軍だったとはいえ、良く分からない人物です。

ウィキの義政にリンクを貼らせてもらいましたので、http://admin.blog.fc2.com/control.php?mode=control&process=upload&type=edit&page=1&key=&tail=&sort=dd&fileno=4762894&crc=0e4c840b639d712e7fbaa27466da9417&insert=body
以下を軽くお読みになってください。⇒ 足利義政(←クリックしてご覧になってみてください)

昔、NHKの大河ドラマで「花の乱」というのがありましたが、
義政の妻役を演じた三田佳子しか印象になく、
花の御所が炎上したクライマックスの映像のナレーションばかりを、
なぜか覚えているだけ・・・というわたくし。

ドラマもつまらなかったのか、たまにしか見なかったせいもありますが、
いまキャスティングを見るとそうそうたる布陣であるにも関わらず、
市川團十郎ほどの役者をもってしても、どうも義政という人物像が定まらなかった。

義政という将軍は、この京都の9割が焼失したとされる応仁の乱の戦火の中で、
いかに政治に無関心だった将軍とはいえ、都の戦災や逃げ惑う庶民に関心を持たず、
銀閣寺作りに夢中になっていたというのですから、
その心中には解せないところがありますね・・・

そういえば、ノーベル賞を受賞した日本の某博士も、
世が戦争中だったことを知らなかったとか・・・・


足利義政 東京国立博物館蔵
(足利義政像と伝えられる肖像画、伝土佐光信画、東京国立博物館蔵)


義政という将軍は、応仁の乱の戦火の中で、いかに政治に無関心だったとはいえ、
戦災や逃げ惑う庶民や都のことに関心を持たず、
銀閣寺作りに夢中になっていたというのですから、

数寄に生きたと言われはしますけれど・・・・

人格的にイっちゃってるなあ・・・という印象が拭えないところがあります。
けれど、そんな義政が夢中になって形成した東山文化と称されるもろもろが、
その後の日本文化に及ぼした影響は計り知れないかも。


けれど、以下の国宝の「東求堂」など考えさせられてしまいます。
最古の典型的な書院造りということで、国宝なのでしょうが、
山荘だったのに持仏堂。中には阿弥陀如来が安置されており、
浄土信仰ゆえに浄土宗かと思いきや、ここは臨済宗。
義政の遺言で相国寺派となったと聞くと、思わず、う~ん・・・・


銀閣寺 ブログ14
銀閣寺 ブログ15


この「東求堂」の名の由来は法語の
「東方の人、仏を念じて西方に生まれんことを求む」との説は有名ですが、
義政は、その立場上、ときの政治がらみの現世がとことん厭になっていたのか。
浄土へのあこがれは付き合いの多かった周囲の文化人や京都の町衆の影響だったのか。

このお堂の中のお座敷に河原者と呼ばれた人たちをあげて、
世は戦が始まっていたというのに、世阿弥といっしょに作庭に熱を挙げ、
枯山水庭園、池泉回遊式庭園を眺めての遊興三昧だったというのですから、
天才肌だったのか、どこか一線を越えてしまっているなあと。

銀閣寺に行くたび、唐木順三氏の著作など読み返してみようかなと思いつつ、
義政の評伝で何か良い本はないものかとチラッと思うばかり。
これ、おススメという本がありましたら、ご紹介ください。(=^^=)

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テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

京都 銀閣寺 Ginkaku-ji temple (1)・・・・国宝「観音殿」

銀閣寺 ブログ37 掲載画像
(銀閣寺の庭の高台から眺めた国宝「観音殿」。4月7日撮影)

銀閣寺は通称名。正しくは東山慈照寺といい、
臨済宗相国寺派の寺院で、相国寺の塔頭(山外塔頭)寺院の一つです。
これだけはしっかりと言えるわたくし。それには理由があるのです。

というのは、高校時代、銀閣寺というけれど、ここはお寺じゃないと思っていたからで、
当時、収集していた切手の銀閣寺のイメージと、そして、何かの本で読んだ情報、
「足利義政によって造営された山荘」という知識の記憶が綯い交ぜになって、
銀閣寺と称するのは金閣寺に対しての呼称でそう呼ぶようになった山荘だと、
お恥ずかしい話、そう思っていたのです。


銀閣寺 ブログ4
(通路から最初に眺める「観音殿」の背面)

切手には、この観音殿(真正面から撮った写真)が印刷されていて、これを銀閣といいますが、
これ、どう見てもお寺とは思えなかったせいでしょうか。
この杮葺の屋根もそうですが、二階など、「潮音閣」と称しているのですから、
一般的なお寺と同じに見るなど、高校生には出来なかったわけです。


銀閣寺 ブログ54
(一階は「心空殿」、二階が「聴音閣」と呼ばれる仏堂)


この木造2階建ての楼閣、お寺に見えるかと言われたら、どう答えます?
うぶな高校生だったのかどうかはともかくとして、
写真や切手で見慣れていたこれ(慈照寺観音殿)を銀閣寺だと思いこんでいたわけですから、
修学旅行ごときで抱いてしまっていたそのイメージが簡単に変わるわけがない。

おまけに、これです。


銀閣寺 ブログ6


向月台(上の写真の盛り砂)と「銀沙灘(ぎんしゃだん)」(下の写真の砂盛り)


銀閣寺 ブログ13


そして、池泉回遊式庭園が加算されての名勝のイメージと、
東山文化の禅やお茶のイメージが合わさって、高校生だったわたくしは、
ここを東山文化を形成した人たちが集まった「山荘」だと思い込んでしまったのです。


銀閣寺 ブログ16


これらのイメージが先行して固定されていたために、
以下のご本堂など実に印象薄く、修学旅行ごときではイメージは変わらず、
大学生になってから初めて一人で京都の寺社仏閣を巡り歩くようになったときの、
夢窓疎石の事やなんやでここはお寺だったんだ!という思い至った時の驚きは、
目から鱗といえばいいのか。


銀閣寺 ブログ11


皆さまは、高校時代のわたくしのように、
銀閣寺のことをお寺じゃないなどと思っている方はおられないでしょうけれど、
ここがあの相国寺の塔頭だということは意外とご存知ないのでは?
いま、「春の特別拝観」が開催されておりますので、こうした機会を利用して、
銀閣寺をより知っていくようになれたらイメージも随分違ってきて、
ここの「枯淡の美」をより味わえるかもしれません。


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ジャンル : 学問・文化・芸術

京都 植物園の夜桜ライトアップ

植物園13 掲載画像
(京都府立植物園内。このページ内の写真の撮影は、2014年4月9日です)

京都府立植物園で園内の桜がライトアップされて見事と聞き、
さっそく夜桜見物に出掛けてきました。

植物園の傍には賀茂川が流れ、
右岸左岸ともに桜並木が続いています。

賀茂川(鴨川)の河原では満開を過ぎた桜もちらほらながら、
お花見をしながらの散策は、
近所に住む一人としては最高に贅沢だなあと思っていましたが、
植物園での夜桜を入園料200円で堪能できるというのも、相当に贅沢。
こんな幸せをプレゼントしてくれる京都に感謝!


植物園54 掲載画像


花見の酒席や宴会はゼロなので、とても静かに夜桜観賞ができ、
その静けさが心の落ち着きを増大させるのか、眺めている見物客の目は華やかさを映しながらも、
心はゆったりという感じが印象的でもありました。




植物園32 掲載画像



植物園34 掲載画像



植物園68 掲載画像



植物園45 掲載画像


植物園48 掲載画像


植物園50 掲載画像



植物園65 掲載画像


夜桜のライトアップは4月13日まで。入園時間は夜の8時までで、9時閉園です。

植物園という場所柄なせいか、寺社仏閣の夜桜見物とはまた異なる味わいがあり、
素敵な時間を過ごさせてもらえました。

お楽しみいただければ幸いです。

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