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菅総理「言ってみただけ」・・・有事の際の邦人(外国にいる日本人)保護救出のための法整備

こうしたことは起こらないだろうと思う一人ですが、
いかに国家の体を十分に為していない国家であっても、
国の為政者としては「万一」の備えておくのは当然の責務。
朝鮮半島有事に際し、自衛隊機で拉致被害者を含む邦人を救出する手順について、
菅総理は、「近く韓国政府との間で協議を始める」考えを示されました。
いつになく元気な表情を見せたその折の菅総理。

「拉致被害者はもちろん、韓国にたくさんいる一般の邦人を、
民間機(での輸送)が危なくなった場合に
自衛隊機で救出するルールができていない。
これから韓国との間で相談を始めたい」

と自公政権でも口にしなかったことを、
視察先で記者団に述べられたわけですが、
それが出来たら100万円ではないけれど、
それが出来たらこの政権は歴史に残る仕事をしたことになります。

先の北朝鮮による砲撃の折、
フィリピンですら(こういう言い方は失礼ながら)
自国民の保護と救出に備えて即応しました。
けれど、日本は、何もしなかった。
こうした無為無策無知の官邸、そして総理の決断力のなさが、
茨城県議会議員選挙での民主党超惨敗という結果
になったと思うのですが、おそらく地方の県議会選挙のことなど、
政権について思考停止になっている官邸では、
どうでもいいことなのでしょう。

自衛隊法の現行法では、
自衛隊機や自衛艦による邦人輸送を行なう場合、
保護と救出を求める側の邦人(外国にいる日本人)ではなく、
保護と救出を求められる側の自衛隊サイドの、
その安全が確保されている場合に限られ、
その安全が確保されない限り、
いかに外国にいる国民が助けを求めても、
救出には行けない
わけです。

日本は、いまだに、有事の際の邦人救出を想定していない。
同盟国であるアメリカにこうしたことも代行してもらうから
考えなくていいという姿勢できたわけです。

なので、菅総理が同法の改正について前向きな姿勢を示しただけでも、
第一歩だと言いたい所ですが、ご承知の通り、
先の臨時国会で問責決議がなされた仙石官房長官から
さっそく翻されてしまいました。

官房長官というのは総理の配下で総理の意向を受けて働くもの。
総理から「よくやってくれている」から辞任は必要ないとされた官房長官なら、
そんなことは無理!反対だ!と考えているにせよ、
辞任しないならば、

「韓国との関係で日本の自衛隊が何らかのことができるのかどうかは、
 いまだ全く検討されていないし、当然のことながら協議はない」

と明確に否定(13日の記者会見)するのではなく、せめて、

「現段階では相手国とそうした協議の予定はないが、
 総理がそういうご意向なら慎重に検討したい」

と言ってもいいのではないか。

ところが、報道によれば、
総理が朝鮮半島有事の際に自衛隊による邦人救出に言及しただけで、
内外に波紋を広げ政府は火消しに追われているという。
自国民の保護や救出に対して総理が発言するのは、
どこの国でも当然のこと。これを、
過去の植民地支配に対する韓国の国民感情に
配慮しない「不適切な発言」だというのなら、では、
誰が有事の際の日本人の救出に責任を持つのか。

感情を害したと称される韓国の一般の国民の皆さまなのか韓国政府なのか。
韓国政府は有事の際の「外国人保護」をどのように考え、
どのように相手国と取り決めをしているのか。
アメリカ軍が代行してくれるという方は、そのアメリカ軍にとって、
まずは、自国民の安全保護と自国民の救出が先になるという
厳粛な行動が優先されることを御存じなはず。
それをどう思っておられるのか伺いたいものです。

菅総理の発言を受けた社民党の福島瑞穂党首
(12日の金沢市での講演)の発言は、異様なものでした。
その異様振りを次のブログで取り上げたいと思います。

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nogaさま

示唆に富むコメント、ありがとうございました。

>日本人の声明発表はうつろに響く。その形式的な声明には、実行の意思がないからである。
そして、きれい事というか、空理空論には現実対応策が欠落している。ああ、むなしい。

総理は何をしたいのか、何をしようとしているのか、メッセージが発せられないので分かりませんが、政治は結果責任であれば、結果を批判することは可能です。むなしいというお言葉は、そこでは毒でございます。

>日本人は、戦争のときでさえ、絶対的な権力者を作ることはなかった。

最高責任者が不在のまま、戦争をし敗戦した日本は、慙愧に耐えません。同じ事を繰り返してはならないという政治家は語りますが、何がどう同じで、何をどうすれば同じことにならないのか。日本人は空気で動くという考察が昔ございました。それを多くの方が口にされますが、それもよく分からないです。
空気とは、意思ではなく恣意の集合体ということなのでしょう。それでは、分かりようがございませんね。

no will

何事につけても新しがり屋の日本人が、時代遅れの精神生活を送っているのはどうしたわけか。

日本人には、意思がない。だが、恣意がある。
だから、意思を恣意と間違って解釈することになる。
すると、以下のようなことが起こる。

西洋文化の輸入も、意思がなければ支障をきたす。
意思の自由は考えられるが、恣意の自由は考えられない。
恣意の自由は、<自由のはき違え> となり、自由主義の普及も難しい。
意思は自由主義・個人主義の友人であり、恣意は利己主義は不自由主義の友人である。
不自由を常と思えば不足なしか。

政治指導者の意思決定はなく、その恣意決定は受け入れない。
意思の表明は成り立つが、恣意の表明は成り立たない。
日本人の声明発表はうつろに響く。その形式的な声明には、実行の意思がないからである。
そして、きれい事というか、空理空論には現実対応策が欠落している。ああ、むなしい。

意思があれば、罪もある。
殺意があれば、殺人罪である。
殺意がなければ、たとえ人は死んでも、死刑執行人は罪に問われることはない。

日本人には意思がない。
意思は、未来時制の内容である。
日本語には、時制がない。

意思薄弱とも思える日本人の社会では、意思を確かめることは難しい。
人々は個人の意思を確かめるこなく、個人の恣意に関する察しに専念する。  
察しにたけた人物は、思いやりの深い人間として信頼されている。
だから、裁判員になることについて、日本人には多大な精神的抵抗がある。
罪の意識のない社会では、人々は罪を裁くことを望まない。<責任者を出すな> と叫ぶ。

日本人には、意思 (will) はないが、恣意 (self-will) がある。
成案はないが、腹案がある。
意思・成案を表すのには、文章が必要である。相手がその矛盾を指摘することもできる。
だが、恣意 (私意・我儘・身勝手)・腹案には、文章は必要ない。
恣意的な人間は、言語に不自由をしている子供・アニマル同然である。大和魂の持ち主のようなものか。ど根性か。

日本人が子供に見えるのはこの時である。
周囲のものが指導者の意思を察するのである。ただ意向というか、はっきりしないものを察するのである。
政治家と公設秘書のようなものか。一致団結して阿吽の呼吸でやる。
俺の目をみろ 何んにもいうな 男同志の 腹のうち。腹案がある。共謀関係の立証は難しい。
察しは他人の勝手な解釈であって、いざ罪のありかを定める議論になれば、それでは証拠不十分となる。
意思の存在を認めることのない社会で、意思の有無を確認することは難しい。

腹案の内容は、腹を割って見せなくては知られない。隠ぺい体質の産物である。
それには談合が必要である。小言、独り言の類が語られる。
内容は、決して公言・宣言としては表明されることはない。

恣意を文章にすることは、英米人はやらない。
理性を失うことは、恥ずかしいことだからである。
やれば、周りの者から嘲笑される。
彼らは、'Shame on you!' (恥を知れ) と言って、相手をしかりつける。
だが、これを日本人はやる。この種の恥は、日本人にはない。
これを '本心をさらけ出す' と言い、内々で甘えさせてもらうのである。
相手は、'真意は何か' と尋ねる。
この行為が英米人の日本人に関する不思議である。

恣意的な人間は、滅私奉公により調教された。わが国の伝統的な人間教育は、序列人間を作ることである。
意思を認めることのない社会での責任者探しは難しい。無責任な社会では、それ特有の犠牲者を出さなくてはならない。
だから、日本人は恣意の理不尽に耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで生活する必要があると教えられている。

意思があれば、その内容も明らかにすることができる。
意思の内容に賛同して、協力者も現れる。
恣意であれば、その内容も明らかにすることがでない。
恣意は誰もが嫌うので、協力者が現れることもない。
日本人は、戦争のときでさえ、絶対的な権力者を作ることはなかった。

文章が無くては、議論は始まらない。
無理が通れば、道理が引っ込む。だから、問答無用である。
上下関係で決着をつける勝負の世界である。猿山のサルと同じかな。
自分の(恣)意のままにならぬ相手を切って捨てるところが恐ろしい。

世俗的なものの上下を知らなければ、礼儀正しい日本人になることも難しい。
日本人の礼儀作法は、序列差法だからである。序列なきところに礼儀なし。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

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