スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お呼びするときは「天皇」ではなく、「天皇陛下」です。

日の丸

今日は、天皇陛下の誕生を祝う国民の祝日です。
一昨日、12月23日がバースディだという子供が、
「天皇と同じ誕生日なんだよ」と言うのを聞いて、思わず、
「天皇ではなく、天皇陛下でしょ。陛下をつけて天皇陛下と言いなさいね」と
やんわり諭したところ、子供は不思議そうな顔をしましたので、
校長先生のことをお呼びするとき、
「ねえ、校長」とか、「校長~」って呼ばないでしょ?
と申しましたところ、子供は一瞬にして理解したようで、
「天皇陛下・・」と言い改めて目を輝かせておりました。
言葉の力と言えばいいでしょうか。
尊称というのは相手以上に自らを緊張させるからです。

といって、わたくしは皇国史観の持ち主ではありませんし、
元号と西暦を併用している普通の日本人ですので、
皇紀で年代を表す習慣も持ち合わせてはおりません。

と同時に、日本国と日本人の象徴でいらっしゃる方を、
「天皇」と呼び捨てにする感覚も持ち合わせておりませんので、
日本語をこよなく愛している一人としては、おのずと、
お呼びするときには「天皇陛下」となります。
あるいは、「陛下」とお呼びするのが自然だと思います。

無論、天皇制度や天皇という存在について考えたり論じるときには、
叙述文同様に、「天皇陛下」ではなく「天皇」となります。

しかしながら、固有名詞として呼称としてお呼びするときに、
この「陛下」という尊称を省くと日本語がおかしなことになります。
不敬罪というものがなくなった戦後といえども、
日本語の特性は生き続けているのです。

日本の歴史や社会を「差別社会」だったと考える史観の方や、
挙句の果てに、日本語を「差別言語」だと言われる方は、
その差別の源を「天皇制」に求めておられるようですが、
それでは、おかしな日本語しか話せなくなってしまうのではないか。

そんな思想の方たちに何故か遠慮したり迎合したり、
妙な配慮をしていると思われる人たちの中に、
こわばった日本語の使い方をしていらっしゃる方が少なくない。
言葉がこわばれば、思想もこわばっていく。
思想がこわばれば、言葉もこわばっていく。
護憲護憲と言いながら天皇の存在を否定する方たちのように、
どうもおかしなことになってしまう。

わたくしも日本語を誤用することが少なくないので、
大きなことは言えませんけれど、
テレビのアナウンサーやテレビのコメンテイターと称される方たちの、
天皇陛下のことに言及される折の日本語を耳にすると、
おかしな日本語だと気になることが多いです。おそらくは、
無理して「天皇陛下」という呼称を”避けている”せいではないか。
そのおかしさが気になることが少なくありません。

かしこまって尊敬語を使っているつもりのアナウンサーが、

「今日は天皇誕生日で、天皇は◎◎才になったわけですが」
「皇太子さまは今日、天皇皇后に面会された後に会見を行いました」

公共放送ですら、この通りで、
(もっと惨いものが多々ありますが、いま思い出せません)
彼らの言葉がいつからおかしなものになったのか。
政治家や議員の国会審議における日本語も、

「国民の皆様は老後のお暮らしのことを心配しておるわけでありまして」
「国民の皆さんのお怒りは、いまや相当なものになっていらっしゃるので」
「皆様のお暮らしのためにわれわれは、全力を上げてこの問題に、
 お取り組みをさせていただきたいのでございます」

という風にいまや相当に醜くくなっております。
この異様さはアナウンサーや新聞記者も負けてはおりません。

「天皇陛下は○時に○○に公用車で向かい、○○と会見された」
「閣僚たちは天皇との謁見を終え、先ほど皇居を出てこられたようです」
「天皇は、○○と述べていらっしゃいましたが、」

(これらの日本語の)どこがどうおかしいのか。
どうしておかしな日本語になっているのか。

今日はそうしたことを、
ちょっとだけ念頭に置いていただき、
日本語のおかしな使われ方をご覧いただければ幸いです。

関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 気になった事
ジャンル : ニュース

コメントの投稿

非公開コメント

ケロリンさん

「ら」抜き言葉が普通になってしまっている現状、言葉は生き物ですから時代とともに変わっていくこと自体はやむ終えない部分もございます。しかしながら、ここ数十年の日本語の乱れの理由は、80年代以降、義務教育課程の国語教育の中から「日本語の文法」教育が大幅に削減された背景があることは否めないと思います。

尊敬語と丁寧語の違い、そして謙譲語という日本語の特質に対する教育が、「平等」思想のはき違えのために警視されてきました。その結果、子供たちが社会に出て困る事態になってしまったのです。これ一つとっても、いかに今の学校教育が子供たちのためではないことがわかります。「言葉」は家庭で教えるものだという理屈ですが、「言葉」には、「言語」という側面があり、言語につきものの使用法則、つまり、文法というものがあります。それは、家庭教育においてなされるには限界があります。だからこその公教育において平等に教育する機会が保障されてきたはずなのですが、それを放棄するというのは、明らかに責任放棄、責任転嫁でもありました。

言葉は、IDそのものです。

>日本語の言葉遣いそのものより、そこに内蔵されているスピリットが問題だと思うのだけど。
そこに彼らとの意思の疎通ができない要因がある。

日本語でものを考える人たち、多くの日本人は、日本語が異様に乱れれば思考も知らず知らずのうちに歪みます。いまや多くの政治家がそのようなものになっているのも、言葉を知らないからでしょう。仙石官房長官や福島瑞穂に限った話ではありませんが、弁護士に往々にしてみられる歪んだ思想傾向に見合った歪んだ日本語は、感性の豊かなはずの時期に、生きた日本語、美しい日本語、正しい日本語を習得する前に、六法全書やその問題集にあるような日本語漬けの日々を送ってしまったことも大きな原因かもしれませんね。実に気の毒な話ですが、彼らが日々垂れ流す「歪み」の影響を考えると、そうも言ってはいられないですね。

それにしても、ケロリンさんが挙げられた「ファミレス接客言語」、いまだに是正されていないのですね。どうにかならないものかしら。食事がまずくなりそうです。

むね様

おっしゃる通りですね。ご明察の通り、言葉の乱れが気になるということ、それがが嘆かわしいの感じられるのは、自らのIDにそれが関わってくるからで、だからこそ、どこの民族国民も母国語の教育には熱心なのです。母国語として使っている言語の乱れが自らのアイデンティティを損なっていく。日本人なら日本語ということになりますが、その乱れの異様さに気付かないでいることは危険なことだと感じております。

ファミレスのバイトだけではなかったんだ

ら抜きの言葉使いにいちいち目くじらを立てていたら、変なおじさん、という目で見られていたので、最近はぐっと我慢して、指摘しないようにしていたが、テレビで馬鹿を売りにしてるタレントはまだしも、ニュースキャスターを担当している者が、乱れた日本語を使っているのを耳にすると、がっかりしますね。親が何も教えてこなかったんだな。

そういえば仙石官房長も、中国の漁船監視船が東シナ海のEEZ内にいる時に「いらっしゃる」などと言っていたけど、さすが、もてなしの国「日本」の為政者だけの事はある。
(為政者→偽医者、なんか似ている)

弁護士時代はどんな案件をやっていたんだろうか。福島瑞穂も同じ弁護し事務所、というか部下だった訳だし。同じような日本語を話す人は同じ所に集まってくる傾向があるのかもしれませんね。
日本語の言葉遣いそのものより、そこに内蔵されているスピリットが問題だと思うのだけど。
そこに彼らとの意思の疎通ができない要因がある。

それほど中国好きに思われている仙石と福島だけど、漢文の素養があるようには見受けられないな。それとも、才能の爪を隠しているのか?

むねやけの想い

言葉の乱れ、日本語が無頓着に使われ自分も含めてIDを失ってゆくようで悲しくなってしまいますね。

ブロとも申請フォーム

★リンクフリー

検索フォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

★RSSフィード

QRcode

QR
管理人

月光院璋子

Author:月光院璋子
自由の享受を幸せと実感する人間です。相手の自由を尊重できる方は幸い。自由のために戦える生は尊い。
自由=愛です。

【Thank You】
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
いま、雪が降る
★お知らせ★
最新記事
Bookmark
月と遊ぶ
最近のコメント
★お花が好き♪
月別アーカイブ
ブログ全記事表示

全ての記事を表示する

ブログ内検索
新しい家族(=^^=)
いつでも里親募集中
★月光の下で
カテゴリー
★閲覧のBGMに・・・
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。