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京都 真如堂(10)・・・・映画誕生の記念碑

これだけ大きなお寺になりますと、
境内には、実にいろいろのものがあります。
それだけ、いろいろな発見もあります。


京都映画誕生の地


これには、驚きました。なぜ、こんな碑がここに?


京都映画誕生の地  碑文


映画誕生の地という碑文を読んで納得。

昔、京都が日本のハリウッドと呼ばれていた時代があって、
それは、太秦に東映撮影所があり(いまもありますけれど)
時代劇が全盛だった戦前から戦後のオリンピック開催あたりまでの時代。
ほとんどの時代劇というエンターテイメント作品が京都で作られた。
東映、大映、松竹の映画、子供のころテレビでずいぶん見ました。
これら映画会社が撮影所を構えていたところが、
太秦(うずまさ)の映画村の撮影所です。

京都がハリウッド????

いまの感覚ではとても理解できないですけれど、
テレビもネットもシネコンもなかった時代の大衆娯楽は、
戦前のラジオでの朗読ではなく間違いなく映画だったんです。

都市部の人たちだけではなく、田舎町にも映画館が出来たために、
皆、映画館に足を運んだんですね。

子供のころ、お寺の境内でよくチャンバラをして遊んだものですが、
当時、テレビで放映されるようになっていた戦前の時代劇を、
学校から帰ってから毎日のように見ていたせいかもしれません。
血は争えないものらしく、娘が剣道を始めたときには、
本当に驚かされたものでした。


牧野 映画「本能寺の変」


話を戻すと、なぜ、この真如堂の境内に、
映画発祥の碑があるのかというと、
日本で最初の映画「本能寺の変」がここで制作されたからだったんですね。

それにしても、京都で映画が作られるようになってから、
もう100年以上も経つなんて、驚きです。
アメリカのハリウッドはそれ以上の歴史を持ちながら、
いまなお映画で隆盛を極めていますけれど、
日本の映画(産業)はどうでしょう・・・
アメリカのように国産産業にするくらいのことがないと、
映画製作を希望する若者は皆アメリカに行ってしまう。

電力会社が、寄付やその他で立地自治体に投入してきたお金を、
今後は映画製作に投入できたら、日本は生き返るのではないか。
電力会社が社員や取締役に支払ってきたお金の、
その三分の一でも映画製作のための資金に出来たら、
日本を映画で世界に発信できる国にすることもできる。
そんなことを思いながら、


牧野省三が、ここ京都で作った第一作、
映画「本能寺合戦」

見てみようと思いました。



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