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月光院璋子が振り返る2012年・・・教育への眼差し

今年も凄惨ないじめで自殺した子供たちがいました。
学校でのいじめで我が子を亡くした親たちがいました。
クラスのいじめに気付かず子供に死なれた先生も、
自殺した子供の数だけいただろうと思います。

自殺に至るようないじめの内容のおそらくほとんどは、
暴行罪、恐喝罪、それらの強要罪などに相当するものながら、
その予備軍とも思われる子供たちのいじめ件数は、
全国で五千件以上も報告されました。

子供が亡くなる事件や事故が起こるたび開かれる会合や会議が、
今年も全国で数え切れないほど開かれたに違いなく、
そこで「問題」について話し合われ、「対策」が考えられたはず。
けれど、それらは、おそらく何の役にも立たないものだろうと思われます。

いじめをやめないやめられない子供やその保護者に、
校長や担任は登校停止処分を行うこともできず、
いじめで学校に居場所がなくなった子供とその保護者に、
学習する権利を保障せず転校の自由も教えず、
学校に行けなくなった子供とその保護者に、
進学のチャンスがあることを教えようとせず、
ウチのクラスは3名です、ウチのクラスは2名ですと、
不登校の児童生徒の数を報告するだけで、
そこで時計の針を止めたままの教師も学校も多いのに、
いじめ解消の指導が出来ない担任に、
無駄な相談を繰り返す親がなくならないのはどうしたことか。

子供がいつも通りに学校に行っていさえすれば安心で、
親はいつも通りに仕事に行き家事を行っている、としたら、
いじめによる自殺はなくなるはずがない。

文科省通達の数々も何の役にも立っておらず、
いじめで学校に居場所がなくなった子供やその保護者に、
学習する権利や転校の自由が教えられず、
いじめをやめないやめられない子供を指導できない教師は、
いじめる側とその保護者に登校停止処分の話もできない。
指導力不足の教員はかなり問題視されるようにはなったが、
教師の資質に欠ける教員は野放しのままだ。

教員の再教育だの免許更新制だのと対応策が出されたけれど、
いつの間にか立ち消えになったみたいで、教員採用の方法改善も検討され、
指導力不足の教員の訓練機関も整備されてはいるけれど、
採用時の不正や不祥事が大分で事件化したけれど、
全国に自治体にその教訓は生かされることなく、
あっという間に、元の黙阿弥状態になっているのではないか。

ストレスや精神的な病で休職している教師数が、
いまや何万もっともらしい解説はなされるけれども、
今後、うつ病や学校に行きたくないという不登校教師は増え続け、
いまのままでは増え続けることはあってもなくなるわけがない。
いかにもっともらしい原因を挙げ連ねてみようと、
いかにもっともらしい対策を講じてみても、おそらく効果などない。
なぜなら、その原因の究明もその対応策も間違えているからです。
適性として「公務員」には向いていても「先生」には向いていないのです。

子供たちのためばかりではなく本人のためにも、
向かない「先生」はやめてもらった方がよい。
教師の資質がないまま教職に就いていることの不幸と悲劇の人生を、
一日も早く見つめなおしてもらい、将来を再考してほしい。
他の「公務員」の仕事に移るか退職するか。

自治体は本人に選択してもらえるよう法的整備を急げと申し上げたい。
辞められても人材には困らないはずですから。
巷には「先生」になって欲しい青年や女性はたくさんいます。
たとえ給料が少なくとも「先生」になりたいという若者はいるのです。
だから、こうした教育現場に関わる「問題」を本当に改善したいなら、
教員の給与を思いっきり下げてみるしかない
驚かれかれるかもしれませんが、わたくしは真剣にそう考えるわけです。

学校の「先生」の生活に、それでもし支援が必要になったなら、
それは保護者や地域の住民が行えばよい。
食料支援もOK、物品や金品の支援もOKとすればよい。
ただし、「先生」へのお礼や支援は「学校」に届けるものとし、
その窓口は教頭に。電話番や接客しかやることがないのだから。

無論、こうしたことだけではいまの教育の改善など無理で、
安倍自民党が選挙の折に上げていた633制という単線教育制度、
これを仮に複線制度にしたとしても、やはり無理だろうと、
わたくしは思います。その前に、あるいは、それと同時に、
以下のような国全体を挙げての制度改革でもしない限り、
数十年かけてここまで悪化退廃した日本の教育を、
たとえ数十年間かけようと無理で、早急に改善することなど到底無理だと。

社会のいわゆる「お正月休み」を松の内が明けるまでとし、
当然、学校は全部休みとする。役所も閉じる。
役所だけではなくその期間の商行為も禁じる。企業も営業休止。
「お正月」だけではなく、「お盆」期間の13日から16日も同様にする。
キリスト教に標準を合わせたい方のために、クリスマス週間を設けてもいいし、
イスラム教に合わせたものを作ってもいい。
世の中がまるで止まったかのような静かな、退屈な、
気が遠くなるような静かな時間を、家族や地域の中で新しい伝統習慣として、
子供たちに与えてみてはどうか。

何も、凧揚げや羽子板での羽根つきやベーゴマを復活せよと、
そんなことを意図しているわけではありません。そんなことではなく、
子供たちに以下のような体験をさせてはどうかということです。

せかされることなく、いつもと違う長い休みの時間の中で、
時間をどう過ごすか。何をして過ごすか。退屈なら退屈なりに、
ありあまる時間を、どう、つぶすか。こういう体験を、
子供たちに、彼らの子供時代に体験させてみてはどうかという提案です。
無論、大人にも、親にも、です。
こんなことは非現実的だ!ナンセンス!だと、そんなことをしなくても、
21世紀にマッチした教育改革が出来る筈だ!と、
このブログをお読み下さった方の多くは思われることでしょう。

では、さらに、以下のことも加えてみたい。
原則、離婚を禁じる。
子供がいるカップルの離婚は全面的に法的に禁じる。

そんなの、無理に決まってる!人権無視!自由の剥奪だ!
やれるわけがないじゃないか!と、ここで呆れてしまわれる方も多いしょう。
でも、わたくしはやってみる価値は大きいと思っているのです。

本当に、いじめで自殺する子供をなくしたいと思うなら。
本当に、学校や先生を信頼できるものにしたいなら。
本当に、家庭を子供たちにとって安心できるところにしたいなら。
本当に、子供たちに日本人としての矜持を持った成長を望むなら。

このくらいのことをやらない限り、もう、無理なんじゃないかと。
そして、上記のことは、何も子供のためばかりではありません。
わたくしたち大人にとっても悪い話ではないと思うわけです。
やってみれば、分かります。無論、大きな覚悟が求められますけれど。
教育への眼差しの延長線で、教育改革に求められることは、
この社会を構成している皆様の、いわば、
社会を暮らしを良くしていくための覚悟、自分たちが幸せになるために覚悟、
子供たちを責任を持って育てる覚悟、こういうことに尽きるのだろうと。

だから、こうした覚悟のないいかなる教育論も教育改革も、
全て無意味であり失敗に終わるということです。
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