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太秦の広隆寺(7)・・・・ご本尊と天皇家の謎

ところで、
秦氏が謎であるなら、聖徳太子も謎の多さではご同様です。
この広隆寺、御本堂はどこかと申せば、こちらの太子殿。

広隆寺 太子殿

この太子殿が本堂である以上、ここに祀られているのが、
広隆寺のご本尊ということになります。
広隆寺のご本尊を弥勒菩薩像だと思っていた昔、
この聖徳太子33歳像が広隆寺のご本尊だったとは考えてもみませんでした。

本尊 聖徳太子像
(ネット上で唯一見つけた太子の画像で、お借りしました。
初めて拝観したときには、驚きました。太子のお顔の表情が、何というか・・・
この太子像に、なぜ、ご即位儀礼の折りの天皇のお召しものが着せられるのか)

無理もないですよね・・・普段、非公開の秘像ですから、
聖徳太子御火焚祭のある年一度の特別公開のときに、
その日に広隆寺を訪れない限り拝観できないのだから。

どうしても半跏思惟像の方をご本尊だと思ってしまうのも、
仕方がありませんよね。広隆寺=半跏思惟像というくらいですから、
普段拝観できないばかりか写真も滅多に目に出来ないのですから。
問題は、このご本尊。
この御本尊の太子像にまつわる謎があります。

この太子像がご着用のものは、
天皇が即位儀礼のときにお召しになったものあということ、
皆さまはご存知でしょうか。
この慣例が何と今上天皇まで面々と続いているというのですから、
驚かないわけにはいきません。この儀式、実は、
平安時代からずっと続いているというのです。

明治天皇治世の折、
過去に天皇に即位できなかった何人かの皇子を、
即位させた例がありますけれど、
聖徳太子は推古天皇の摂政だったということで、
太子自身は即位されてはいません。少なくとも、
歴史(日本書紀の)上では、
太子は摂政の身分のままで亡くなっており、
生前に政界から引退か隠居された形跡もあるわけで・・・・

そのような太子の等仏像と称される秘仏に、
しかも、33歳像と言われる太子像に、なぜ、
平安時代から延々と、天皇が即位されるたびに、
その即位儀礼のお召しものをこの広隆寺のご本尊である太子像に、
お着せしているのでしょう。何百年間も、なぜ、
天皇家はそうしたことを続けてこられたのか。

広隆寺からは、分からないというお返事しか伺えませんでした。
ただ、お召しものは2着作って、一枚は広隆寺の聖徳太子像に、
もう一枚を宮内庁で保管することになったそうです。

秋の年一度の「火焚祭」同様、謎が多いお寺です。



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