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京都御所拝観(2)・・・・・「諸大夫の間」と三つの襖絵

御車寄(おくるまよせ)の次に拝観するのは、
「諸大夫(しょだいふ)の間(ま)」と言われるところで、
参内した人たちは「控える」部屋のある建物です。

御所拝観4 諸大夫の間2

天皇制を支えているのは「身分制度」だとも言われますが、
この「控えの間」も、参内者の身分によって分けられており、
入口に一番近い部屋が、「諸大夫の間」で、
公卿や殿上人(てんじょうびと)以外の参内者が控えてるところで、
通称が「桜の間」と呼ばれ、襖絵に描かれている桜に因んでいます。
原在照という人物が描いているとのこと。
幕末から明治にかけての宮廷御用絵師で、
御所の造営の折りに活躍されたとのこと。

諸大夫の間 桜の間

次の部屋は、諸侯および、所司代(しょしだい)が控える間で、
通称は、「鶴の間」で、鶴を描いたのは狩野永岳(かのうえいがく)
幕末の京都画壇の大物で、京都狩野派を統率。

殿上人の間 鶴の間

何とかもっとよく写せればよかったのですが、
朝一番の参観で小雨の寒さが響き、体が冷え指がかじかんで、
なかなか撮れなかった次第です。
ネット上で、「狩野永岳」で検索してみてください。
もっとクリアーな画像があるのではないかと思います。

控えの間は、全部で3部屋。玄関から一番遠い部屋が、
身分が最上の公卿(くぎょう)が控えるところで、
「虎の間」と言われるところ。

公卿の間 トラの間

公卿と虎・・・・違和感を拭えないわたくしですけれど、
まあ、一般のお公家(くげ)と違って、
公家の中でも最高幹部の為政家たちで、
天皇の側近くで仕えたお公家たちなわけです。

太政大臣・左大臣・右大臣・大納言・中納言などの官位を有したお公家や、
参議と言われたようなお公家、従三位以上の高官だけが、
ここの控えの間に入ることができたわけです。

いまの京都御所は言うまでもなく再建されたものですが、
平安時代の御所を復元したものと説明を受け、
ああ、そうだった、御所は何度も焼けてなくなってきているのだと、
落雷などの天災や戦火によって焼失してきた歴史が、
思い起こされ、同時に、
古の公家政治がいかに庶民の暮らしの向上と無縁なものだったかも、
つらつらイメージが経ち現れてきてしまい、
平安の昔から1000年、こうした「控えの間」と生涯無縁だった庶民の、
暮らしぶりへの眼差しがなくならず困りました。
というのも、平成の21世紀の今に至っても、
御所見学は自由ではないのですから。

ラストの控えの間の襖絵の虎を描いたのは、
岸袋(がんたい)という人です。
安政年間に御所造営の障壁画制作に参加したとあり、
鳥獣画や虎の画を得意とした絵師でした。

皆さまも、以下の襖絵、
ご覧になられたことがおありなのでは?

岸岱

いつ見ても大変な画力だと感銘を受けます。
虎の絵を書かせたら敵う者はいないと言われたそうですが、
円山応挙の絵図の虎の方が有名かも。

ああ、京都御所には、東京の宮内庁の宝庫同様、
こうした文化財がたくさんありますが、
側近くに寄って見ることができなかと。

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