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広隆寺「聖徳太子御火焚き祭」(7)・・・・聖徳宗

iyoiyomoeru.jpg

火10

御火焚祭6

御火焚祭7


この瞬間から、境内は参拝客の動きでざわざわし始め、
同時に、ハーラーミーターハーラーミーターという経文が、
あちらこちらから輪唱のように響き渡りました。

つまり、僧侶の方たちばかりではなく、
信者の方たちの唱える経文の唱和・・・


iyoiyomoeru2.jpg


iyoiyomoeru3.jpg


荘厳な世界です。
その場を、荘厳たらしめるもの、と言えばいいでしょうか。
唱文が響き渡る中で、それが垣間見られたように感じられ、
立ちつくしてしまいました。


iyoiyomoeru4.jpg


iyoiyomoeru5.jpg


あるときから脈々と続けられてきた広隆寺の祀り、
そこで、祀られてきた聖徳太子という存在、
祀ってこられた方たちこそ空海門下の真言密教の僧たちと修験道の僧たち・・・・


御火焚祭3


御火焚祭4


御火焚祭5


広隆寺に鳴り響きわたったお経の唱和、
周囲の、見物客だとばかり思っていた人たちも
やがて一斉にギャーテーギャーテー

その瞬間、この火焚祭は信者の方たちによるものであることに、
やっと気付かされた次第でした。

ああ、そうだったのかと。

聖徳宗の信者の方たちなのでしょうか。
22日は、そもそも聖徳太子のご命日とされている日ですし、
聖徳宗は聖徳太子を開祖と仰ぐ宗派です。
総本山は奈良の法隆寺ですけれど・・・・
それとも、違うのか?


御火焚祭1


説明によれば、広隆寺は、弘仁9年(818年)の火災で全焼しているので、
現在のお寺は創建当時の建物ではありません。

承和3年(836年)に、
広隆寺別当(住職)に就任した空海の弟子によって、
復興されたようです。が、久安6年(1150年)にも火災で全焼。

その後の復興の折り、落慶供養が行われたそうです。
真言宗の僧侶によって取り仕切られたのでしょうか。

聖徳太子と空海の繋がりは実に興味深いです。
太子の進行した仏教も、空海が進行した仏教も、
わたくしたちが教えられ学びイメージしてきた仏教とは、
実は随分違っているのではないか。


   捨身飼虎(しゃしんしこ)、施身聞偈(せしんもんげ)、

火祭りの荘厳さの中で、、
あの玉虫厨子にある双図の凄まじさと太子が重なり、そして、
なぜかこの二つの図と曼荼羅図が重なって、
何とも言えない重苦しさを感じてしまったわたくし。

そして、中宮寺の「天寿国繍帳」にある、

  
   天国世間虚仮(せけんこけ)、唯仏是真(ゆいぶつぜしん)


これが、国政の第一線にいた人物の辞世の言葉かと思うと、
改めて驚かされるのです。

太子、そして、空海、
それぞれの当時の二人の思い描いていた仏教を、
どうイメージしたらいいのか。

信心といったことからではなく、双方の、天皇家との関わりを、
つい推察して謎だと思ってしまうわたくし。

古代史の謎へ関心ですけれど、専門外のことながら、ぞくわぞわしてきて、
太子を巡る仮説に対し興味が耐えないのです。


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