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京都 熊野神社

丸太町通りと東大路通りの交差点の北西角に鎮座。
ここは聖護院という町で、熊野神社は聖護院の守護神とされています。

CA3J1889.jpg

修験道で有名な役小角(えんのおづぬ)の十世僧の日圓(日円)という僧が、
国家護持のために紀州熊野大神を勧請したのに始まるとのこと。

じつにりっぱな流造のご本殿だと思ったら、
賀茂御祖神社(下鴨神社)から移築されたのだとか。
京都はどこもそうですけれど・・・・、
ここの熊野神社も大火で焼失後、再建された神社です。

今熊野(いまくまの、という町)にある新熊野(いまくまの)神社、
哲学の道にある若王子社(にゃくおうじじしゃ)とともに
京都三熊野のひとつなんですね。

ご近所の喫茶店のママさんに熊野神社のことで何か話題がないかお聞きしたら、
「あら、権現さんにいかはったんですか」と。
京都の方たちは権現(ごんげん)さんと呼ばはるみたい。(笑)

CA3J1892.jpg

御祭神は、我国最初の夫婦神とされる国生みの父と母、
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)で、
縁結びと安産にご利益があるとされ、病気平癒のご祈願も多い神社のようです。
拝殿前に、可愛らしいお守りが並んでいました。

ところで、ご利益のお話。安産の御利益というのは分かりますが、
縁結びの方はどうなんでしょう。
イザナギ(男神)とイザナミ(女神)の行く末、ご存知ですか。
知らないという方は後ほどご検索くださいね。
わたくしは縁結びとしてはおススメしかねます。(汗)

さて、境内を見回しますと、

CA3J1886.jpg

どこの神社にも勧請されている稲荷社が目につきました。
幟に目が行くというのもありますけれど、
鳥居の色もお稲荷さんはどうしても目立ちます。
その隣りにある鳥居は、春日社です。

CA3J1887.jpg

稲荷社同様、熊野神社の末社になっています。

CA3J1888 (1)

春日大神(かすがおおかみ)須賀大神(すがおおかみ)神倉神(かみくらがみ)
これら三神をご祭神としていますが、

春日神というのは、春日大社から勧請を受けた神さまですから、
藤原氏の祖神とされる天児屋根命(あまのこやねのみこと)と比売神、
藤原氏の守護神と仰ぐ武甕槌命(たけみかづちのみこと)と、
経津主命(ふつぬしのみこと)の2神を加えた四神、
これをもって春日神とされていますので、
ここの熊野神社も祀られている神様は盛りだくさんです。

熊野信仰は、平安時代に盛んになったとされています。
当時、藤原摂関家が政治の中枢を占めていたころで、
それに反発する帝や上皇たちから始まったのが熊野信仰だと思っていましたが、
その熊野神社に藤原の神様を勧請したのは藤原のはず。
神域においても一族挙げて暗闘していたのでしょうか。
もっとも、熊野詣は帝から貴族、武士階級まで大変な隆盛だったようですから、
京市内を跋扈した流行病などの疫病退治祈願が主眼だったのでしょう。

須賀大神(すがのおおかみ)は、無論、
出雲のスサノオ神ですが、分からないのは、神倉神(かみくらがみ)
そこで、調べてみたところ、
神倉神社は熊野三山の一山である熊野速玉大社の摂社とのこと。
熊野信仰が盛んになった時代とはいえ、ちょっと不思議な感じがしました。

神倉神社
(この画像はネットから拝借しました)

ゴトビキ岩という岩を御神体としているそうですから、
磐座信仰の聖地で相当古い時代のものだろうと思いますが、
社殿といい、高倉下命・天照大神を祭神として挙げているところといい、
ちぐはぐな印象を抱いてしまいました。けれど、
ここが本当の熊野三所大神の降臨の地であるとのことで、
熊野詣の結果、ご利益が強いとされての勧請だったのでしょう。
信仰の凄さをかんじさせられる思いです。

その信仰は、時代を経ても、このような形で続いているんですね。

CA3J1890.jpg

こういう地下水脈のように流れているもののルーツを考えたいと思い、
あるときから神社のことを勉強し始めたのですけれど、
分からないことばかりです。古代史の分野の中に、
神社歴史学(あるいは神社伝承学)ともいうべきものがあるのですけれど、
古事記、日本書紀でいうところの神代の時代のことを、
記紀偏重の姿勢でもなく、また、ぜんぶ神話だと捨て去るのでもなく、
記紀以前の神社伝承を調べ、そして日本の古代、上代の姿を探っていく。
そういう手法の分野といえばいいのか、これがかなり面白いのです。
あ、また脱線!熊野神社のご紹介でした!

熊野神社少年勤王隊

京都の「時代祭り」で紹介される一つに、
幕末維新のころの薩長維新の姿をした子供の鼓笛隊がありますけれど、
あれって、神社の氏子さんたちの子弟だったのですね。
調べてみたら、ここの熊野神社を始め、
元祇園梛神社、藤森神社、清明神社、西院春日神社に、
こうした少年勤王隊があることを知りました。
京都は、いまもむかしも、勤皇の伝承の地なんだなあと。


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