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金沢に行く(7)・・・・石浦神社(3)大昔の産土神

石浦神社5

注目すべきは、ここに鎮座しているのが、
石浦(今の香林坊)と呼ばれている土地の大昔の産土神(うぶすながみ)
だったというところです。以後の来歴はともかくとして、
とにかく相当古いことが分かります。

ご祭神は、以下のように、
日本の神代と呼ばれる代表的なの神々総ぞろいです。

石浦神社26 祭神

 大物主神(おおものぬしのかみ)
 大山咋神(おおやまくいのかみ)
 天照大神(あまてらすおおかみ)
 菊理媛神(くくりひめのかみ)
 天児屋根命(あめのこやねのみこと)
 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
 誉田別命(ほんだわけのみこと)

以下、簡単にご説明すると、

★大物主神(おおものぬしのかみ)は、大和の三輪山の大神神社の祭神、
 大国主神(おおくにぬしのかみ)の和魂(にぎみたま)とされており、
 古代史の仮設を幾多と生みだしているキーパーソンです。

★大山咋神(おおやまくいのかみ)は、全国の日枝神社の総本社
 日吉大社の祭神であり、 京都松尾大社の祭神でもあり 秦氏との関係が
 注目される神でもあります。つまり、渡来系の神ということかと。

★菊理媛神(くくりひめのかみ)は、白山神社の総本宮である
 白山比咩神社の祭神「白山比咩大神」と同一神とされています。出自が謎と
 される女神ですが、古事記も日本書紀も無視しているのは渡来神だからとも。

★天児屋根命(あめのこやねのみこと)は、天照大神の岩戸隠れに関わる一神。
 中臣(藤原)氏の祖先とされて藤原氏の氏神。

★市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)は、シャーマンとも命も想定され、
 皇孫二ニギノミコトの降臨の際、二ニギノミコトの乳母代り。天孫を立派に生育させ、
 子守・子育ての女神ともされています。

★誉田別命(ほんだわけのみこと)は、言わずと知れた応神天皇のこと。
 この天皇こそ、歴史学では実在した最初の天皇と言われてきましたが、
 一人でこの世に生まれてきたわけではないので・・・ヘンな解釈だなぁと。


こうした祭神を眺めていると、
古代史に関心を抱く一人としてが、いやでも、
実にいろいろな想像が駆け巡りますが、
驚いたのは、こちらを目にした時でした。

石浦神社27 加賀の三輪族

ここで注目すべきは、大和の三輪山に鎮座する大物主神を勧請した時代と人々です。
547年とは、驚くばかりに古く、かつ、
勧請したのが、越前加賀の三輪族だというところ。
かつ、当時は「石浦神社」ではなく「三輪神社」と呼んでいたことでした。
帰宅後、調べてみたら、いまでもここの神社に対して、
古代以来の「三輪神社」とも呼んでいたことでした。

以下は、説明書きの続きです。
ご参考までに挙げておきます。

石浦神社28 由来

では、

石浦神社17

こちらで手を洗い口を漱いだ後は、いよいよご本殿に参拝。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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閑話ノート様

おついでの折で結構でございますれば、
どうぞよろしくお願い致します。
おかしなことに興味を持つなあ・・・とは
お思いにならないでくださいませね。(苦笑)

幣帛料

そうですね。新しく神社を建立したのですから大変な金額だったでしょう。また何かの時に宮司にお聞きしますね。たぶん町内の神社総代に問い合わせても知らないと思います。というか調べる根気も手間暇もないでしょう。(苦笑)

閑話ノート様

>私の地元神社の産土神は誉田別尊と八杵命(やきねのみこと)の二神を祭ってあります。

御地の産土神がこのお二方とは、以前からとても興味深く思っておりました。
応神天皇の母はあの神功皇后ですし、神功皇后は息長氏ゆかりの女性ですから
古代に越の国と呼ばれたエリアと諏訪との縁の深さには、
並々ならぬものがありそうです。日本書紀に描かれた世界で隠されたものが
そこにあるとすれば、日本の成立に関わる謎もまた、そこにあるのではないかと。
やはり、諏訪は古代出雲同様に古代史を解くキーかもしれません。
そうした思いが御柱祭で感じた時同様に膨らんで参ります。

それにしても、明治に合祀されて若宮八幡神社になったとのことですが、
閑話ノートさまのブログを拝見するまで、わたくしは、
合祀にあたっては国の指導があったものと思っておりました。
委細は省きますが、国の政策ゆえ、幣帛料も国から出たものと思われますが、
いかほどだったのかという記録は神社の方に問い合わせれば、
教えていただけるのでしょうか。(または拝見できるのでしょうか)

産土神

私の地元神社の産土神は誉田別尊と八杵命(やきねのみこと)の二神を祭ってあります。明治政府による一村一社の政策が実行され、二社あった神社が合祀され若宮八幡として新たに建てられました。子どものころは八幡様と親しまれていました。現在の社名は地元の地名の下に神社をつけております。参道を若宮通りといいます。
以上私的な話で恐縮でした。
下記ご参考です。
http://blog.goo.ne.jp/kanwa_notes2005/s/%C8%AC%B5%CF%CC%BF

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