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金沢に行く(9)・・・・石浦神社(5)すし塚と包丁塚

石浦神社7

石浦神社の北の鳥居から入って左奥の情景です。
そこに、包丁塚とすし塚がありました。

石浦神社8 包丁塚

包丁塚というのは、以前も見たことがありましたが、
さすがに、すし塚というのは初めて見ました。
調理人の方たちの思いを感じさせられますね・・・・

石浦神社9 すし塚

お寿司の美味しい所は、無論、他にもあります。
宮城県の石巻市や塩釜市のお寿司処もそうでした。
仙台平野もまた名の知れた米どころ、
宮城県鳴子(なるこ)の水は日本一おいしい水とも言われ、
宮城県内の水道水はそのままで飲んでもおいしいと感心され、
石巻、女川、塩釜、松島、気仙沼は、
世界三大漁場の一つとされている三陸沖が主な漁場。
美味い魚を誇る漁業の歴史と伝統のある町でした。
特に、石巻の漁港の市場は日本一の長さを誇り、
漁獲高も全国で三番目の大漁港で、市内であまたある寿司店がしのぎを削り、
それは安くて美味しいお寿司が食べられたものです。

越前加賀の誉れは、加賀平野の米、能登の魚、白山の水なんですね。

石浦神社10 すし塚2

美味しいコメ、水揚げを誇る新鮮な魚、おいしい水の3点揃って初めて、
旨い寿司というのなら、加賀はまさに旨い寿司処となるのでしょう。
金沢にお住まいの方たちは、そんな金沢を離れるなんて、
余程のことがなければ考えられないのでは?

わたくしにとっても、金沢は、
もう十数年前になりますけれど、
転居先の候補として思案した先の一つだったなあと。
にもかかわらず、金沢に移らなかった理由は、女所帯では、
雪下ろしと雪かきはできない(できなくなる)と判断したからで、
唐津を諦めたのと同様に残念でならなかったものでした。
でも、まあ、住めば都といいますから・・・

以下は、石浦神社で見つけた「おもわず微笑んでしまった」もの。

石浦神社22

引いたお御籤は「一番 大吉」でした。
お御籤を引くと何故かいつも「大吉」となることが多いわたくし。
でも、大吉より中吉か小吉の方が幸運に恵まれるとも言いますから、
大中小って、あまり意味はないのかもしれません。

石浦神社23 

ところで、狐の顔って、猫に似ているせいか、
見ているとついつい惹かれて見入ってしまいます。
可愛らしいおみくじたちをゆっくりご覧くださいませ。(=^^=)

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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閑話ノート様

本当に、歴史の彼方に思いを馳せ仮説を立てるときの
わくわくする思いは何なのでしょう・・やめられなくなります。
気分転換で始めたはずの古代史の読書が、いまでは、
気分転換ではなくなりました。お陰で仕事が滞ってしまって困っております。(笑)

>出雲-日本海-新潟糸魚川-松本-諏訪ルートのようですね。したがい、
天孫系というよりも出雲系が通説のようです。

確かに、その通説は有力ですね。古代以前の上代におけるルートだったかもしれません。
同時に、東海地方からの水と陸の道もあり、こちらは、わたくしにとって
古代大和政権との絡みでは謎のルートでもあり、勉強したいことが山積みなんです。
諏訪の位置を考えた時、日本海を通しての出雲、越の国、東海、関東と、
全てを睨んで対応することが可能なところですし、また、そうした必要も大きかったと。
そのとき、いつも頭をもたげてくるのが瀬戸内海の吉備です。
諏訪と吉備は、まるで東西で「対」になっているかのようながら、
ヤマトから見れば、諏訪の方が怖かったのではないかと。

>諏訪の歴史について、自己流の解釈と思いますが、
いずれ拙ブログでエントリしてみようかなと思います

\(^0^)/ とても楽しみに心待ちしております!

諏訪は出雲系?

それにしても璋子様は歴史の造形も深いです。神話の世もその後の歴史を研究するのも、探訪も楽しいです。諏訪人のみならず日本人はどこからやってきたかなんて調べたり想像したりすると時間の際限がないですね。でも今はネット文化ゆえいろいろ知識を吸収することができる便利な時代になりました。そして現地を訪ねる。夢があってよろしいですね。

諏訪はご指摘のとおり、出雲-日本海-新潟糸魚川-松本-諏訪ルートのようですね。したがい、天孫系というよりも出雲系が通説のようです。

諏訪大社にまつわるこれらの地域で薙ぎ鎌ほか出土していると聞いております。なので歴史学というのは考古学や地理学や民俗学でもあり多様な学問なんですね。

諏訪の歴史について、自己流の解釈と思いますが、いずれ拙ブログでエントリしてみようかなと思います。ご期待しないでお待ちください。(笑)

閑話ノート様

閑話ノート様、こんばんわ!
仰せの通り、外様でありながら加賀藩も伊達藩も別格の扱いでした。
江戸時代のことは詳しくないのですが、両藩とも松平の姓を与えられており、
不思議だなあと思って参りました。
しかしながら、戊辰戦争では幕府方に立ったせいで、
明治以後の伊達家や仙台は、前田家と異なり随分冷遇されてきたなあと。(苦笑汗)

私事ながら、維新後の旧伊達藩士にあって、
実家は士族の家柄を残された数少ない一つなのですが、
先祖が長州藩と縁があったからなのだろうと思って参りました。

こうして眺めてみますと、歴史というのは、その建前と違って、
「血縁・地縁」という日本独特の縁によって動いたり動かされたり・・・
という側面が、この国では存外に大きいと思われることも、
わたくしが上古代に対する関心を一層強めた背景にあるような気が致します。
そもそものきかっけは、日本のこと日本人のことを考えたい、
そういう理由だったのですけれど・・・

ところで、金沢の位置、越前越後を含めた北陸と諏訪の石関係は、
大変興味深いものがございます。

諏訪と日本海、諏訪と東海の繋がりは、
通説よりも相当に大きくて深いものがあり、
古代から、その道は、水の道、つまり、河川だと思っております。
なので、諏訪の位置はとても重要だと思って参りました。
古代出雲と諏訪、日本海と諏訪、古代大和政権と諏訪・・・
いずれにおいても、諏訪の位置は相当重要だったはずで興味が尽きません。
閑話ノート様の諏訪は、古代史研究の要の一つですね。

大藩

璋子さま、こんばんは。
徳川の世になっても、仙台藩、加賀藩とも外様大名の身でありながら大藩として存続し、それぞれ地方の文化を築いてきました。そうして現在に引き継がれていると思います。いずれも璋子様ご縁の土地柄となりましたね。京都から金沢までは直ぐのところです。

追伸:実は私の住む諏訪から金沢まで直線距離にすると意外に短いのですよ。何度も観光旅行しました。それでは。

閑話ノート様

>すし塚は珍しいですね

本当に!北陸に金沢ありで、小京都と言われる金沢ですが、
京都と違って海の幸が旨いところです。
すし職人の方たちも誇り高いことでしょう。
引っ越ししたくなりました!

ここ石浦神社のおみくじの狐、とても良いお顔をしていました!
とても惹かれるものがあったのですが、本年は巳年ということで、
ヘビの方を選んでしまいました。次回は、
ここのこの狐をたくさんいただいてこようかなと。
今から楽しみにしているところです。(=^^=)

キツネが愛らしい

包丁塚は各地に見かけますが、すし塚は珍しいですね。旨さの三要素が揃っているんですね。

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