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金沢に行く(10)・・・・「石川護国神社」(1)金沢で祀られている英霊

金沢護国神社

金沢で娘と待ち合わせをした二つ目の場所は、
市内にある護国神社でした。石川護国神社です。
金沢でのこと、ご紹介したい写真はたくさんあるのですけれど、
それは他日にゆずり、今週は、この護国神社の境内のご様子、
そこで感じたこと考えさせられたことなどを振り返りながら、
この機会にご紹介させていただくことにしました。

石川護国神社の説明書

あの戊辰戦争の、北陸長岡藩との戦いを北越戦争と呼びますが、
そこで戦死した当時の加賀藩の百八名の御霊を、明治三年に、
卯辰山
(うたつやま)に造営された招魂社でお祀りしたのが始まりとのことです。

★以前、子供たちが小さかったころ、夏休みに、
戊辰戦争の跡地を一緒に訪ね歩いたことがありました。
会津同様、長岡藩の戦いもそれは激烈なものだったことに胸打たれる思いでした。
こうした幾多の犠牲の上に、日本が近代国家への道を切り開いてきたことを、
昔のことだから関係ないではなく、賊軍だから関係ないでもなく、
歴史に興味はないからでもなく、戦争は嫌いだからであろうと、
わたくしたちは忘れてはならないと思います。


護国神社ですから、これまでここのブログでご紹介してきた神社と違って、
国のために亡くなられた、いわば戦死された方たちや殉難された方たちの霊を、
そこで祀っているわけです。日本ではそんも御霊を英霊と呼びますけれど、
どこの国にもある、いわば戦没者慰霊施設です。
アメリカで言えば、アーリントン墓地ですね。けれど、
神社は墓地ではありませんので、アーリントン国立墓地と違い、
そこに亡くなられた方たちが埋葬されているわけではありません。
外国の方は、神社とお寺の違いはよく分からないようですが、
日本人ならそこは理解しておきたいものです。
お若い方たちはあまりよく理解していないと聞きましたので、
あえて、ここで簡単にお話させていただきました。

神社ですから、ご祭神がいます。
護国神社のご祭神は、国を守るために戦死された方たち、
国のために奉職しておられる自衛隊の方たちで殉職された方たち、
そうした方たちを主なご祭神としています。
神社では、その方たちの御霊を「柱」と呼びますが、
ここでは、四万四千八百八十七柱を合わせ祀ってあるとのことでした。

ついでに申せば、
護国神社というのは各県にありますよね。なぜそうなのかというと、
明治時代に日本各地に設立された招魂社というのが、
昭和14年(1939年)に、当時の内務省という大官庁の令によって、
全国一斉に改称して成立した神社だからということで、
いわば、官立的神社というか官による指定神社といえばいいでしょうか。
国のために亡くなられたので、
(この表現に異議のある方のために、以下の表現をさせていただきます)
国のために亡くなられたという位置づけなので、
国家がある以上、(国家という存在を否定したい方たちがおられようとも)
そうした方たちを国が慰霊するのは当然のことなので、
遺族会の方たち専用の神社(などと呼ぶ方もおられるようですが)
そのような神社ではありません。
ご存知ない方は、まずは、そこをご理解の上、
次回からのブログをご覧いただければと思います。

こじんまりとした神社でしたが、
大変静かな、そして敬虔な思いになる神社でした。

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閑話ノートさま

先ほど帰宅いたしまして、レスが遅くなってしまいました。
おっしゃる通り、歴史に「If」はないという言葉もございますものね。
「タラレバ」の虚しさは、よくよく了解しているつもりですが、一方で、
いまの歴史教育に欠けている歴史への「想像力」「共感力」のことを思いますと、
「タラレバは一つの方法ではないかという思いも湧き起こって参ります。

以前、愚息が小学生だったか中学生のころ、
「どういう戦略と戦術だったなら大東亜戦争を負けないで終えられたか」
というテーマで考えさせたことがございました。こういうやり方をすると、
いろいろと歴史を調べるようになるもので、ああでもないこうでもないと考えるらしく、
出てきた答えをよく検証させられたものでした。

永田鉄山のこともそうですね。閑話ノート様のお言葉、
ご同郷の諏訪の方としての思いとは別に、2・26から戦争への道を
「もし」変えられるとしたらどの時点だったのかと、今でもときどき、
幼くして父親が戦死した遺族少年だった老親のことを思うたび、
つい考えてしまいます。

璋子さま、こんにちは。

あらまぁ永田鉄山もチェックされたのですか。さすがです。そうです。ご存知のように諏訪市は旧上諏訪町出身の軍人です。あのとき凶刃に倒れなければ、その後の日本史がどうなったかと思われてなりません。然しながら、私たち諏訪人がタラレバを言ってもしょうがない。そんな思いもする複雑な心境です。

閑話ノート様

こんばんわ、閑話ノート様。諏訪の護国神社のご紹介ありがとうございました。
さっそく拝見致しました。敬虔な思いに相応しい雰囲気の素晴らしい護国神社ですね。
護国神社の中には樹木も少なく砂利だらけの境内といったところもありますので、
感激致しました。

ところで、諏訪の護国神社に永田鉄山中将の像があるのを見て驚きました!
永田鉄山は諏訪の生まれだったのですね・・・
事を起こした相沢中佐は仙台に所縁のある軍人でした。当時の歴史を
いささか勉強した身としては、こうした凶行が
やむにやまれぬ大和魂と連なるものだったかもしれないと思う時、
いずれにしても不幸な時代だったと考えざるを得ません。
歴史は繰り返すと申しますけれど、あのような時代が今世紀において、
繰り返されることのないよう微力を尽くすとともに祈るばかりです。

まったく仰るとおりですね。

璋子さま、こんにちは。
またまた私事にて恐縮です。
私の住む市にある諏訪護国神社です。
http://www.geocities.jp/bane2161/suwagokokujinjya.htm
私の中学時代の同級生が諏訪大社神官を退官後、ここの宮司をされております。

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