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金沢に行く(11)・・・・「石川護国神社」(2)シベリア抑留者の慰霊之碑

護国0

やはり、神社ですので、参拝の礼儀はわきまえて、
まずは、手水舎(ちょうずや)に。

護国1

そこで、例によって神社の由来書を読みます。
この護国神社のことは前ブログ(1)でリンクを張りましたので、
未読の方は、そちらをお読みください。
この写真では文字が小さすぎますから。

さて、どこから回ろうかと思ったわけではなかったのですが、
この金沢の護国神社の境内に入るや、
たくさんの記念碑が目に飛び込んできましたので、
ご本殿に行く前にそれらを目にすることになります。

最初にこの碑が目に入ってきたとき、不意を衝かれた思いになりました。
なぜなら、何の慰霊碑かと思えば、いきなり、
あの「シベリア抑留者の慰霊之碑」だったので。

シベリア抑留者の慰霊碑

シベリア抑留者の方たちのことでは、
実は、忘れられない思い出があります。

学校の歴史の時間でしか知らなかった「シベリア抑留(者)」のことが、
いきなり現実となって迫ってきたのは、学生時代に読んだ新聞で、
抑留の体験記事と共に抑留者の方たちの会があることを知ったときでした。

当時(高校時代)、このシベリア抑留のことを大人に聞いた時の、
大人の反応がヘンで、聞いた相手が悪かったのか大人は口を濁し、
あまり語りたがらない様子でしたので、
不思議な違和感を抱かされたことがありました。

シベリア抑留者の方たちがいまどのようにお暮らしなのか、
国からどのような補償や支援をうけておられるのか、
たまらなく案じられてならなくなったわたくしは、
何かお役に立てることはないかと思い、新聞に出ていた事務局に、
思わず電話をしたのです。

が、電話に出られた男性は、これまた何かヘンで、
どういう用件でここに電話をしたのか、本当の理由は何かと、
わたくしの名前と住所、職業などを次々と尋ねてきました。
そのときの違和感を今でも忘れられないのです。20歳の時した。

大学の部活の仲間にそのことを話しましたら、先輩が、
「璋子さん、それ、まずいよ。そんなことに関わると、
 公安にマークされるよ。ニ度と電話しちゃダメだよ」と。

電話の相手からも、「もう電話をしてこないように」と言われていたので、
先輩に理由を尋ねると、「アカだと思われるから」と。

シベリア抑留の体験をされた方たち、
当時すでにご高齢と思われた方たちのために、
何かできることはないのかと思うことが、思って接触することが、
なぜ革命分子と思われるのか、20歳のわたくしには良く分かりませんでした。

だから、勉強を始めたのです。
専門がドイツ哲学と美学だった当時、こうしたことがきっかけとなり、
一人で日本の近代史、現代にいたるまでの日本の近代政治史などを、
勉強することになったわけです。

P3151313.jpg

そこで、シベリア抑留という戦争犯罪のこと、
その実情が、わたくしの想像を絶するものであったことを知りました。
誰も教えてくれなかった日本の、それは、
日本人が体験させられた歴史であると同時に、
戦後においても、「今現在も続いている戦争被害」そのものでした。

ホロコーストと変わらない、ソ連による日本人兵士捕虜への虐待でした。
収容所から開放されて生きて帰国できた兵士の方たちに対して、
やっと帰国できた母国でどのような対応が待っていたのか・・・・
それは、過酷なものだったとしか申し上げようがありません。

極寒のシベリアで惨憺たる虐待を経て日本に帰国できた抑留者の方たち、
その皆さまのことを、当時の十代、二十代で知る学生はほとんどおらず、
話題にさえなることもなかったのですから、いまも驚愕します。

日本赤軍派による活動が終わった後の時代ながら、
抑留者の方たちが収容所で共産主義革命の思想で洗脳されて帰国した、
そう思われていろいろの取り調べを受けていたことを、
また、生きるために収容所で選んだ究極の選択の責任を、
どうして一個人に問うことなど出来ようか。
小娘だった学生のわたくしが、こうしたことを知るには、
時間がかかりました。誰も教えてはくれなかったのだから。

エリツィン大統領訪日の際に、
大統領がこの虐待に対して謝罪したときでさえ、周囲では、
上司を含めて「何か、戦争のときにソ連が日本人を拉致して
収容所で強制労働させたことに対して謝罪したんだよ」といった程度で、
何故謝罪するのか分からない人たちがたくさんいたのです。

お若い方は、このシベリア抑留と呼ばれている
日本兵および日本人捕虜の大虐待のことをご存知ないかもしれないので、
リンクを張らせていただきます。クリック一つで飛んで歩くのをちょっとだけ止めて、
どうか一読していただきたいと思います。

そして、こうした戦争被害の話をすると、すぐに、
日本人だって中国や韓国で酷いことをしたじゃないかと言って、
無知で良心的な日本人の口を閉ざそうとする人たちがいますけれど、
これは相殺すべきことではありません。
その前にぜひ知っていただきたいと思います。

こうした慰霊碑が金沢の護国神社にあったことを知り、
改めて、戦争というものがいかに人間をおかしくするものか、
痛切に思い起こされました。

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ブログの楽しみ

閑話ノート様、こんばんわ。
昨夜は、御ブログにて実に楽しい時間を過ごさせていただきました。
お目当ての舞鶴には辿りつけませんでしたけれど、むしろ、
そのおかげで楽しみが増えたように思います。(=^^=)

閑話ノート様のブログは記事内容もさることながら、
お写真がとてもきれいで、眺めさせていただいているだけでも気分が良くなります。
どんなカメラをお使いなのかなァ・・・弘法筆を選ばずかしら
といった興味も生まれて参るほど。(興味汗)

拙ブログでリンクを張らせていただいているブロガーの方たちの中には、
写真のお好きな方、写真がとてもきれいな方がおられ、
コメントを失敬しつつもお写真と記事を楽しみに、
時間ができたときにまとめて拝見する次第で。(無沙汰汗)

政治や何かの趣味に特化したブロガーは別として、ブログの楽しみは、
日々の暮らしの記録や感想を丁寧につづられた方たちのブログを拝見し、
そのご卓見やその人間性に共感し、ネットでの交流のご縁が楽しみになる、
そういったところにあると思われるに至りました。

閑話ノートさまのブログも、ゆっくり、マイペースで、
楽しませていただけることに感謝致しております。

記事を総調べ?(笑)

璋子様、こんにちは。

昼のひと時にございます。
拙い私のブログを総調べとは恐れ入ります。それは時間のムダでございましょう。何も出て来ませぬゆえご無理なさらずに適当にスルーして下さいませ。(汗)

閑話ノート様

ただいま、閑話ノートさまの、まずは昨年分のエントリー記事の大かたを、
拝見して参りました。が、舞鶴引揚記念館の記事を発見できませんでしたので、
明日以降、今度は一昨年のエントリー記事を総調べでございます。(汗) 
オルゴール関連の記事では写真の美しさもさることながら、大変興味深く拝読し、
また、高齢化社会の功罪シリーズも、とても参考になりました。
ついつい「ジャズを聴くシリーズでは顔を寄せて読みこませていただき、
舞鶴引揚記念館に辿りつけなかった次第でございます。(苦笑汗)

未読の記事を拝見し、昨年も随分と、
ネットから離れていたことを思い起こさせられた次第です。
ゆっくりお邪魔して参りますので、
今後ともよろしくお願い致します。

>館内は撮影可能でしたが、さすがに抑留者の撮影は憚り、
撮らずじまいでした。

お気持ち、心に染みました。
舞鶴には妹のような「はとこ」が転勤で住んでおり、来て来てと、
誘われておりますので、今年こそ行こうと思っておりました。
舞鶴引揚記念館にもぜひ行って参ります。
有難うございました。

舞鶴引揚記念館

璋子様の学生時代のお話しよく分かりました。そういうことだったんですね。

さて一昨年でしたか、舞鶴市ほかに所用があり、舞鶴引揚記念館にも立ち寄りました。シベリア抑留の悲惨な状況の資料や写真も飾ってありました。館内は撮影可能でしたが、さすがに抑留者の撮影は憚り、撮らずじまいでした。拙ブログ内検索(左サイドバー)すると記事が出てくるかもしれません。

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