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京都 一乗寺下がり松・・・・記念碑で知った戦前の市村慶三京都市長の功績

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詩仙堂に足を延ばした帰りやバスで出かけたついでに立ち寄る和菓子屋さんの、
すぐ近くに立っています。こんな風に、住宅地の中にさりげなく立っているので、

P4303914.jpg

徒歩じゃないと、見逃してしまいそうなほどですが、
今日は、その記念碑をご紹介しますね。

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楠木正成が足利軍と対峙(たいじ)に陣を構えたのもこの地なんですね。
建武三年(1336年)のときのことも伝わっていました。

一乗寺下がり松と聞けば、イコール宮本武蔵の決闘の場、
そう、吉岡道場一門との有名な決闘が行われた地ですが、
そのイメージは、まるでその場を見ていたかのように描いた吉川栄治の小説や、
東映スター主演の映画、最近では「ばがぼんど」のあの場面ですけれど、
今日では閑静な住宅地である一乗寺下がり松近辺に、
そんな面影はまるでありません。

P4303917.jpg


P4303918.jpg

こんな戦前の京都市長の顕彰碑もありました。
市村慶三という市長さんで、この碑文を見るまで知らなかった人物。
市長に就任してから4年間、いまでいう就任一期目で、
京都市のために尽力された市長さんだったゆえに顕彰されていました。
この方は、鴨川・高野川治水事業を推進したり、二条城の京都市移管を実現したり、

P4303919.jpg

京都の農業育成、子供たちの教育と保護、消防政策、保健衛生政策、
道路整備などなどにも尽力され、
市民から感謝される事業に邁進されたようです。

戦前の内務官僚にはこうした人物もいたのですね。
いつのことからか、昨今の官僚出身で首長になった人物というと、
中央との癒着、汚職、地元を食い物にする自己保身の才能多で、
地域のためには無為無策の首長といったイメージが多かったせいか、
正直なところ、驚きでした。

けれど、地域の産業育成のために尽力する元官僚首長というのは、
昔も中央官僚とは対立するもののようです。
鹿児島知事時代に、鹿児島の地域産業育成事業に奔走し、
中央のボスと対立。喧嘩両成敗で休職になり退官しています。

京都出身の方なので、最後のご奉公ということで、
地元のために尽力された市長さんだったのでしょうか。
戦前のこうした官僚に対して、再認識する必要があるなあと思いました。
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