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土佐旅行のオマケ・・・・「高知竜馬空港」

土佐1 空港 土佐弁

土佐2 空港 土佐弁


高知入りしたときの最初の感動は、
広告の看板で読んだこの「土佐弁」でした。
まるで、子供みたいですけれど・・・こうした「出迎え」っていいなあと。
ここ京都もそうですけれど、その土地ならではの言葉って素晴らしい。

土佐弁は、「お~い、龍馬」のような漫画での活字の土佐弁や、
映画やドラマで土佐出身の人物を演じる役者の話すものでしか知らないので、
「○○じゃきに」という龍馬の言葉がいまも高知で語られているのかどうか、
正直、イマイチ、分からなかったので、まず、空港で、

「営んじょります」
「海面から見えちゅうけど」
「見えんようになります」

という言葉と出会った時にワクワクしてしまいました。
ああ、高知じゃ~と。単純ですね~(汗)
いえ、素直なのであります・・・w


今般回ってきた、高知市、香南市、南国市、安芸市では、
ホテルや飲食店、その他珊瑚のお店、文学館などの公的機関のせいか、
こうした土佐弁を耳にすることがほとんどなかったように感じられ、
それが、ちょっと、残念たかなと。

けれど、タクシーの運転士さんから教えられたお話は良かった!

浜では、獲りたての脂の乗ったカツオを刺身で食べるばかりではなく、
火で炙ってそのまま食べるのだそうです。
日本酒で一杯やりたくなりますね~と話したら、、
酒は、日本酒ではなくにごり酒だとのこと。
地元で皆作っているどぶろくでカツオを食べると教えられました。
その瞬間、次回は、民宿を探さなければ、と思ったわたくし。



最後に、土佐から帰るときの空港で見た驚きの銅像のこと。


どうして、ここに吉田茂の銅像があるのか!?
土佐と、どういう関係があるのかしらと。


吉田茂の銅像


驚きました!「郷土が生んだ不世出の宰相」とあるではありませんか。
吉田茂は、土佐出身!?

ええっ!

お恥ずかしいことに吉田茂と土佐との関係を、今回、
この銅像と出会うまで認識しておりませんでした。


土佐空港 吉田茂



以下、ご参考までに。

【吉田 茂の生い立ち】(ウィキぺディアより)

1878年(明治11年)9月22日、
高知県宿毛出身の自由民権運動の闘士竹内綱の5男として
東京神田駿河台(のち東京都千代田区)に生まれる。

父親が反政府陰謀に加わった科で長崎で逮捕されてからまもないことであった。
実母の身元はいまでもはっきりしない。母親は芸者だったらしく、
竹内の投獄後に東京へ出て竹内の親友、吉田健三の庇護のもとで茂を生んだ。

吉田の実父と義父は若い武士として、
1868(慶応四、明治元)年の明治維新をはさむ激動の数十年間に
名を成した者たちであった。その養母は徳川期儒学の誇り高い所産であった。

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