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安芸旅行・・・・岩崎弥太郎の生家(1)

P7227896.jpg



安芸で一番行きたかったのが、ここ。
岩崎弥太郎の生家です。

岩崎弥太郎と聞いても分からないという方も、
戦前の三菱財閥や今の三菱銀行や三菱自動車なら分かりますよね。
その三菱の創業者です。


龍馬の伝記や評伝では、かならずといって良いほど登場する人物でもあり、
海援隊の会計を担当していたほど龍馬との縁が深い土佐人ながら、
岩崎弥太郎というと、幕末から明治にかけての立志伝の人物の一人として、
極貧の少年時代をすごしたというイメージも大きいですが、
その生家を訪ねたかったのです。


NHKの大河ドラマをご覧になっていらっしゃる方は、
香川照之が演じた役柄の、あの弥太郎と
そのときのドラマ上の極めて貧しい家や暮らしを、
思い起こされるかもしれません。


その生家がそのまま残っているというので、
見ておきたいと思った次第でした。
無論、そのままと言っても、江戸時代末の家ですから、
当然、保存のための修復は為されているはずで、実際、
土間などは、コンクリートで固められていましたが、
全体的には、当時の姿をとどめているわけです。



家の庭に入る前、家の前方にはこの山並みが迫っていて、
タクシーの運転士さんに、
「あれが妙見山です、あの山に、弥太郎が通った星の神社があります」
と教えられたとき、胸に迫るものがありました。
あそこまで歩いたのか・・・と。




P7227897.jpg



星神社というのは、弥太郎が志を立て誓願した山の中にある神社です。
今回、行きそびれましたので、帰宅後ネットで検索したところ、
写真で見事に紹介してくださっているサイトを見つけましたので、
上記の「山の中にある神社」にリンクを貼らせていただきましたので、
ぜひ、クリックしてご覧になってみてください。

写真を拝見し、
もっと時間があったなら、健脚であったなら、そして、猛暑でなかったなら、
行ってみたかったなあ・・・・と、とても残念に思われた次第で。
次に土佐を訪ねた時に足を延ばしたいと思いました。




P7227898.jpg





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これらの看板を読んだ後、生垣を回ると、
弥太郎の生家が、いきなり目に入ってきました。



P7227900.jpg



最初、思っていた以上に修復しているのだろうかと思ったほど。
想像していた「極貧の家」などではないので驚愕。
「これは、後に、修復した生家・・・ですか」
思わず聞いてしまったわたくし。

いや、若干の修復はしても弥太郎が育った当時のままですよ。
そう言われ驚愕してしまいました。
掘っ建て小屋のような家で、土間や板間にござ等を敷いて暮らしていたような、
そんな粗末な家屋を想像していたものですから。




P7227922.jpg



無論、畳や障子などは新しいものに貼り替えられていますけれど、
家屋の土台や柱、たたきなどは、当時のままだそうです。
現在はコンクリートが貼られていましたが、かつて、そこは、
黒光りがするほどのたたきの土間だったとのことで、
思わず、それは、りっぱな土間だったということを意味するのでは?
と伺ったところ、管理人さんからは「そうです」とのお返事。


この弥太郎の生家は、弥太郎の曽祖父が「郷土」の株を売り、
1795年ごろに建てたものだそうですが、
当時としても農家としてはりっぱな家と言えたそうです。
弥太郎の暮らしが貧しかったのは、土佐の身分制度上、
地下浪人(じげろうにん)という最下層に属したからで、
父親が郷士の身分を売ってお金に変えたからでした。

そうしなければ暮らしていけなかったというのは、
農作業より賭け事が好きだったからのようですけれど、

弥太郎の極貧の暮らしって、
イマイチ、変だなあと感じられていたのは、

その日の米にも困るような極貧の生活なのに、
当時、郷士の身分でも出来ないものが多かった学問を、
ちゃんと出来たりしているからなのです。



P7227916.jpg



正直な感想として、見た瞬間、そして中に入って見学した時、
これのどこが極貧の粗末な家なのか!?
と思ってしまった次第でした。



子供の頃、いまにも崩れ落ちそうな藁ぶきの屋根の旧家や、
子供心にも、貧しいと分かるような粗末な家で暮らしていた人たちを、
たくさん知って育っていますし、
これまで旅してきた国内でも、昭和だった当時でも、また平成になってからも、
この岩崎弥太郎の生家の広さの半分もない家や、
雨風をやっとしのいでいるような、人の住んでいる家を、
地方の田舎で見てきたわたくしとしては、
この岩崎弥太郎の生家がりっぱに見えたのです。


この家は、昭和の田舎でもなく、明治大正でもなく、
いまから遡ること百数十年前の何と、幕末の家です!

いかに岩崎弥太郎の子供時代の暮らしが貧しかろうと、
家そのものは、決して「極貧の家」の家屋ではないと思えました。

上級武士の住まいの武家屋敷と比べることは無理ながら、
土佐の下級武士、郷士の家柄以下だったとはいえ、
当時の農家の住まいでもこれほどではなかったはずで、
むしろ、りっぱなものだと感じたほど。

暮らしの方は、相当に貧乏だったというのは、その通りだったのでしょうが、
大河ドラマでの香川照之が演じた弥太郎の暮らしていた家は、
まさに掘っ建て小屋でしたよね。

聞けば、俳優の香川照之もこの生家を訪ねて来た時、
あまりのりっぱさに驚愕されていたそうです。
管理人を兼ねておられる方が、そのときも、
まあ、あれはドラマだから、と言われたとのことですが、
いかにドラマでも、時代考証というものを無視した大河ドラマでは、
NHKは国民に誤ったイメージを与えることになるのでは?

あのときの大河ドラマ、たまに見る機会がありましたけれど、
たまたま香川照之演じる弥太郎が出ていて、
あの粗末な掘っ建て小屋での極貧の暮らしを見たせいか、
すっかり騙されてしまいました。






P7227913.jpg



この生家は、現在も岩崎家の所有になっているとのこと。
自治体の観光課が管理しているものと思っていたので、
正直、意外な感じもして驚きました。




P7227920.jpg



さらに驚いたのは、年に何度か、
岩崎家の方たちが法要などの折りにここに集まられて、実際に、
今日でも、この生家を使っておられると伺ったときでした。




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住居の部分は、建坪約30坪。藁葺きの平屋ながら、
庭に面した表の部屋が8帖、その脇に4帖半が2間、茶の間は9帖。
そこに、10帖以上の、台所を兼ねた土間がありました。

庭などを含めた全体としての敷地面積は、記憶では2000平米とのこと。
驚かれたのではないでしょうか。わたくしも驚きました。
次に、それを見て行きますね。

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