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大徳寺 三玄院

PA139180.jpg

大徳寺の曝凉(虫干しに出掛けた折、
ご紹介しようと思って写真に収めてきた三玄院です。


ここは、開祖 111世 春屋宗園(しゅんおくそうえん)で、大徳寺北派の属。
大徳寺は、一休さんや利休との縁で知られているように、
臨済宗の禅寺ですが、北派というのは、
龍源院(りょうげんいん)を本庵とする南派に対して、
大仙院を本庵とするもので、三玄院の下に、
龍光院、芳春院、見性庵という寺院が位置付けられているようです。

外部の人間にとって寺の塔頭の位置づけというのにも、
なかなか難しいものがありますね。
お寺関係者の方たちにとっても、
他宗派のそういった事情ってよく分からないものかも。
なので、そうしたことは、別に覚える必要もないことかなと。


PA139179.jpg


ということで、
ここ三玄院は、天正17年(1589年)、
石田三成浅野幸長森忠政等によって創建されたという個所に注目してしまいますね。
もっとも、いまの三玄院は明治に移築されたもののようですが、
天正だなんて、歴史上の年代ですけれど、
何にでも始まりはあるので、記載しておきますね。

ここに、石田光成、森忠政(あの蘭丸の弟でもあります)や
古田織部、薮内紹智等の墓所があるというのも、
生前の縁によるものなのでしょう。
この時代の人物関係も面白そうなものがありそうだなァと、
以前から密かに思ってはいるのですけれど・・・
いつか、墓所の写真もご紹介できたらと思っています。
(いま、こちらのPCにその写真がないので)


ちなみに、薮内紹智(やぶのうちじょうち)という人物は、
安土桃山・江戸初期の茶人。千利休にも師事、藪内流を創始とあり、
大徳寺の春屋宗園に参禅し、剣仲の道号を与えられたともありました。
古田織部の茶室燕庵を受け継いだことで知られている人物なんですね。

茶人の千宗旦が、ここで、喝食(かっしき;見習いの僧)として、
春屋宗園のもとで修業していたというのは興味深いですね。
千茶道のお家元として名高い表千家、裏千家を興した息子たちを持つ
千宗旦というのは、千利休の孫にあたりますが、

その次男宗守が武者小路千家、
三男宗左が表千家、四男宗室が裏千家を興こしたんですね。

ここの「篁庵(こうあん)」と「自得軒(じとくけん)」という茶室、
素晴らしい茶室です。普段は非公開のところなので、
写真でご紹介するのは難しいかなと思いますが、
いずれトライしてみますね。

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