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京都 「時代祭」(The Jidai Matsuri Festival)2013・・・(7)江戸時代婦人列(Procession of the Edo Period Ladies)-(1)

この行列は、江戸時代に活躍した婦人たちというのではなく、
あくまで、江戸時代の「京都で」話題となり活躍した女性たちの行列です。

この時代は、社会的な階層身分、年齢、季節などによって、
たくさんの服飾が登場します。
その服装や髪形で人物が特定できるので、
京都市民の皆さまにとってはとても楽しみな行列のようです。

This procession depicts distinctive women from Edo-period Kyoto in many different garments and accessories worn by age,social status,season and district. This hairstyles and costumes alone are enough to identify certain of these famous women.


時代祭り 江戸時代婦人列1


が、この婦人列、昭和25年に時代祭りで創設されたとのことなので、
歴史は古くはないですが、行列の内容は歴史をずっと遡っていきます。
江戸時代、中世、そして平安時代の3部構成です。

婦人列は、当初、京都の花街の女性たちによる奉仕だったとか。
いまは、京都市地域女性連合会のご奉仕。


そのトップバッターは、皇女和宮(かずのみや)でした。


江戸時代婦人列2 和宮1

Imperial princess kAZU-no-MIYA,sister of Emperor KOMEI married Tokugawa Iemochi,the 14th Shogun,at the age of 16. Here she appears dressed in a pre-nuptial "twelve-layer robe" typical of those worn in the Imperial court,and attended by minor court ladies.


実に可憐な和宮で、見とれてしまいました。
和宮は、京都で一番有名な皇女かもしれませんね。
幕末維新の悲劇の皇女というイメージですが、
子供の頃、映画かテレビで皇女和宮のドラマを見た記憶があるのですが、
記憶に間違いがなければ、皇女役を演じていたのは、
美空ひばりだったような・・・

公武合体のために、京都から江戸の徳川家に嫁いで来られた皇女さま。
当時の帝、孝明天皇の妹君にあたり、
お嫁に行かれた先は、14代将軍家茂(いえもち)公。
なので、降嫁(こうか)というんですね。
なぜ、悲劇かと申せば、和宮さまにはすでに京都に婚約者がいたからで、
ドラマでは相思相愛のお相手でしたっけ。
子供心に、「お気の毒な皇女」さまという印象でした。

が、実は、和宮のことはよく知らなかったので、
この機会に、リンク先のウィキを読んでみました。


   惜しましな君と民とのためならば 身は武蔵野の露と消ゆとも


この(←クリックしてみてください)
まるで、吉田松陰の辞世の句のような悲壮感に溢れていて、
当時の和宮の心境が伝わって参ります。



江戸時代婦人列2 和の宮2


和宮の婚約者だったのはこちら ⇒有栖川宮 熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう)

この人物に就いても名前しか知らなかったのですが、
今回、初めてウィキを熟読して意外だったのは、

1・当時、外交拒絶・条約批准不可の建白書を朝廷に提出(25歳!)
2・当時の公家社会において三条実美とならぶ長州系過激攘夷派の急先鋒!
3・徳川斉昭の娘で徳川慶喜の妹の貞子と結婚していること
4・王政復古のクーデター計画を西郷隆盛らから事前に知らされていた人物だったこと。
5・新政府樹立後に、新政府軍の最高職である総裁に就任したこと。
6・葬儀は国葬だったこと。

知らなかったことばかりでした。

ところで、「婦人列」の写真、
実は、皇女和宮のものしか見つけられなくてアップできません。
見つかり次第、追記させていただきますね。
ご紹介しそこねてごめんなさい。

ちなみに、婦人列の面々は、以下の通りでした。


2番手:太田垣 蓮月(おおたがき・れんげつ)・・・江戸末期の歌人
3番手:玉瀾(ぎょくらん)・・・・閨秀画家・歌人・池大雅(いけのたいが)の妻
4番手:中村内蔵助の妻(なかむらくらのすけの妻)・・・・京都の豪商の妻
5番手:梶(かじ)・・・・元禄の歌人
6番手:吉野太夫(よしのだゆう)・・・・・著名な芸妓・豪商灰屋の妻
7番手:出雲の阿国(いずものおくに)・・・出雲大社の巫女・歌舞伎の祖


彼女たちのこと、ご存知ですか。わたくしなど知っていたのは3人だけでした。
ああ、これでは、京都人にはなれそうにないなあと、
改めて思わされた次第でした。



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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: 皇女和宮

中山道もまた、歩いてみたい歴史街道でございますね。
いろいろの史跡がてんこ盛りの信州長野の街道を、
ゆっくり一人で歩いてみる・・・ささやかながら、
長年の夢の一つでございます。

皇女和宮

ご承知のように皇女和宮は降嫁の折、道中中山道をくだって江戸へ。なので長野県の中山道界隈にも皇女和宮の所縁の場所があちこちありますね。

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