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京都 「時代祭」(The Jidai Matsuri Festival)2013・・・(13)吉野時代(Yoshino Period)

室町時代の行列が終わったかなと思った時点で、
錦の御旗を高く掲げた行列になりました。
錦の御旗が掲げられたものなら、
楠木正成公の上洛の行列に違いないと思ったところ、
やはり、そうでありました。

名付けて「吉野時代」(1333年~1392年)


吉野1
(行列の先頭は、「先駆」「貝役」そして「太鼓」と続きます)


歴史は遡っておりますが、平安時代までまだまだであります。
この南北朝時代は前の室町時代の前半。
鎌倉時代まで遡るまで、もうしばらくの我慢であります。

さて、1333年(元弘3年)、
後醍醐天皇が配流先の隠岐(おき)からの還幸にあたって、
楠木正成(くすのきまさしげ)公が一族を率いて兵庫に出迎え、
先駆して上洛した折りの行列の様子を再現したものとのこと。
この上洛は、楠木公一世一代の盛事と言われ、
行列では楠木公や兵たちの甲冑や武具が見どころですが、
この後の楠木親子の悲劇を知る者としては、複雑な思いになりますね。


吉野2
(「貝役」)

先駆と呼ばれる武士の後に登場した貝役と呼ばれる兵士。
陣貝ともいわれ,貝役は主将について軍の進退を知らせる役目で、
武士の時代の象徴のようなものかもしれません。

この時代祭の行列は幕末から平安に向かって、
時代を遡って行くわけですけれど、
歴史の勉強の祭りというのであれば、
むしろ、平安時代からスタートしてもらった方が分かりやすいかなあと、
一人勝手に思ったりしたのは、流れが混乱するからでありました。
頭の悪さを棚に挙げての感想ですけれど。


吉野3 太鼓(こちらの写真を使う)
(「太鼓」)

行列に「太鼓」が登場するのは、
最初の維新勤皇隊の行列以来ですけれど、
こちらには、陰陽の絵柄が描かれていました。
戦国時代に流行った陰陽五行説は戦略でも大いに利用されたようですから、
楠木公も軍学で学ばれ用いられたのでしょうか。

けれど、いかに忠君の勇猛果敢な武将と言えども、
仰いでいるのがあの後醍醐天皇では、どうにもならなかったかなあと。


吉野4 盾突
(「盾突」は「たてつ」と読むようです)


この時代は、立ち位置によって感想もさまざまかもしれませんが、
建武の新政という、結果的に失敗した政治は、わたくしたちに、
政治というものに必要なことを、その主体が誰であろうと、
特に新たな政体での政治を行うには何が必要かということを教えてくれる気がします。


吉野5 菊水紋旗旗差


菊水紋旗旗差の武将です。楠木正成公が、建武の新政での功に対して、
後醍醐天皇から下賜された菊紋を恐れ多いとして、
紋の半分を水に流した「菊水紋」としたその旗差しの武将です。
(旗は獲り損ねました)

さて、早々と、主将の登場となりました。楠木正成公です。


吉野時代8
(主将、楠木正成)


楠木公のいでたちは、説明によれば、
「赤地菊水紋錦の鎧垂直に、紫裾濃落縅(むらさきすそ・ご・おとし)大鎧に、
 三鍬形(くわがた)二方白五枚しころ兜を着用し、
 兵庫鎖長覆輪太刀(ひょうごくさりながふくりんのたち)
 赤木柄の腰刀、白猪逆頬(さかつら)えびらを負い、
 白重藤の弓を持った姿」
ということでしたが、豪華な鎧装束ですね。
天皇の中心の武将ともなると、粗末な装束では不敬にあたったのでしょう。


吉野7 鎧櫃
(「鎧櫃」)


そして、副将の楠木正季( まさすえ)の登場。
こちらも、豪勢な甲冑の装束ですね。

吉野8 楠正季(まさすえ)
(副将 楠木正季。後ろ姿のご紹介となって申し訳ありません)


この正季は、兄の正成と共に自決の時、
「七たび人間に生まれ変わっても、朝敵を滅ぼす」
と誓って刺し違えて亡くなったという凄まじい忠君の武将なせいか、
「七生報国」の人物伝となっていますが、
「桜井の別れ」で有名なのは、正成と息子の正行との永訣の場面ですよね。
皇国史観で染め上げられた戦時教育においても、
これらの場面には涙したものだと、終戦時少年だった我が老親は、
左翼思想に浅からぬ縁を持ちながらも申しておりました。


ラストの武将は、「侍大将」です。

吉野9 侍大将


侍大将なだけに大将たちとの装束とくらべれば見劣りしますが、
この甲冑装束姿はなかなか渋いです。
彼が率いるのは、以下の面々です。
(行列が簡素化されているため人数はすくなかったですけれど)


吉野時代13 兵{やり)
(兵・「槍やり」)

吉野時代14 兵、ナギ鎌、斧、熊手
(兵・薙鎌(なぎかま)、「斧」、「熊手」(くまで)、「薙刀」(なぎなた)など)


兵たちが手にしているのが、熊手や鎌なのを見て、
ああ、当時はこうしたレベルだったのだなあと、
ある意味、驚愕してしまいました。


吉野列 ラスト


これで、吉野時代が終わり、次は、「中世婦人列」となります。
お付き合いくださっておられる皆さま、お楽しみに。
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