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京都 「時代祭」(The Jidai Matsuri Festival)2013・・・(24)「前列」(Procession Preceding the palanquins)ー(1)

Procession Preceding the Palanquins

This is called Zen Retsu or the procession preceding the palanquins.
Prior or the arrival of the palanquins,the Zen Retsu offers various music and dance performances.


この「時代祭」ラストの行列は「神幸列」と呼ばれていますが、
その「神幸列」の前に行く行列の事を[前列」といいます。



前列 1 胡床持


前列の行列の冒頭に登場するのがこの太鼓。
しめ縄が貼られているこの太鼓を運ぶ人のことを、
「胡床持」(こしょうもち)と説明されていました。
何故かしら・・・前に虎の皮を運ぶ従者の写真をご紹介しましたが、
あのように座るためのものを運ぶ人を胡床持ちというので、
なぜ、太鼓が胡床になるのかしらと。

もしかしたら、神様がこの上にお座りになる(?△?)

太鼓持の間違いでは?


前列2 胡床持

などと思っているうちに、「前列」の幟が現れました。


前列1


この「前列」が一番面白かった(興味深かったという意味)です。
幟のあとに登場する以下は、「御賢木(おん・さかき)」と、
白布でくるんだ傘を運ぶ「傘持」と「胡上持」と、
それらをサポートする者なたちとして「付添」が二名、一緒に行進。



前列2


賢木(さかき)というのは神木として神に供せられるもので、
神社ではお馴染のものですが、ここで、
日本の古代から続く聖樹信仰のことを考えてみました。

わが国の初代天皇が即位したとされる場所、
ご存知ですか。橿原(かしはら)の地ですけれど、
この橿原(かしはら)の古語って白檮原(かしはら)と書くんです。
樫(かし)の木に由来するのかと思って本を漁った所、
白檮(かし)は古来日本では聖樹とされて信仰されていた神木とありました。
そこで、白檮は樫のことかと思ったら、違いました。
ネットの歴史雑談というサイトさんのおっしゃる通りかなとも思われるのですけれど、
ちょっと違うかなとも。

白檮原(かしはら)の「檮」は「ジュ」と発音したそうですから、
樹木のジュと同じなんだろうと。
つまり、樹木を「ジュ」と呼んでいたので、
この文字を充てたのだろうなあと。というのも、

白色は古代日本では聖なるものを意味していたので、
樫の木の花が白く、それが咲き乱れる様は、
まさしく神々しいものだったでしょうし、
木の皮をはぐと樫の木肌って白さが際立っているし、
そうしたことから、白い樹木として認識されたのではないかと。
だから、聖なる樹木=白い樹木=樫の木、
そう、勝手な想像をめぐらしてしまった次第。


さて、この「前列」では、
御賢木の後に、それを警護するこうした一団が登場しました。


前列3


先頭が「中座」と呼ばれ、
それに続くのが「下雑色」(しもぞうしき)と「上雑色」で、
最初の「下雑色」は「キリコ座」と「ブチ座」といい、
金棒を手にしている「中座」ともども皆、
御賢木(おんさかき)の警護団でした。


前列4


それにしても、我が家と同じ名前のキリコの名がつく「キリコ座」
そして、愛犬さんの名前にありそうな「ブチ座」という下雑色の由来って、
何なのでしょう。雑色(ぞうしき)は蔵人(くろうど)(くろうど)の中の下位にある職ですが、
この時代、下級官吏の庶子の無位無官の男子のことをいったようです。

時代祭をアップしているどのサイトを拝見しても、
この「キリコ座」と「ブチ座」の由来に触れたものは皆無で、
皆、パンフレット通りの解説ばかりで分からないままでした。

詳しい解説が欲しいところです。
愛猫と同じ名前なので気になって仕方がありません。
ああ、また≪お勉強≫しないと分からないことが増えました。

ホント、この「時代祭」は、
歴史の≪お勉強≫の宝庫みたいなものですね。


ぼんやり考え事をしていたら、
いきなり、沿道で大拍手!が起こりました。
何が起こったのかと思えば、

そう、いよいよ、
迦陵頻伽(がりょうびんが) が、胡蝶(こちょう)といっしょに華麗なる姿を現し、
沿道の観客の席からはいっせいにカメラのシャッターを切る音が響いた瞬間でした。
ああ、わが愛機ノカメラは全く動かず・・・・

以下、かわいらしい写真をご覧ください。


前列5


迦陵頻伽(がりょうびんが)というのは、
上のリンク先をお読みただだけばお分かりのように、
極楽浄土に住むと言われる美しい鳥の事で、


前列6


前列7


背中には鳥の羽根、天冠には桜の花が挿してあります。

そして、胡蝶と呼ばれるこちらは、
高麗壱越調舞楽の舞人とされています。
委細は、リンク先をご覧ください。


前列11 ブログに


★以下は、ご参考までに。

***胡蝶(こちょう)=胡蝶楽、蝶***

高麗楽、壱越調、小曲、四拍子、拍子十六、新楽。
舞あり(舞人4人、童舞)

平安時代、醍醐天皇の延喜8年(908)あるいは延喜6年(906)8月ともいうが、
宇多上皇が子供の相撲を見物したとき,山城守の藤原忠房(楽人)がこの曲を作曲、
敦実親王(宇多天皇の子、琵琶を弾き、雅楽に造詣が深い)が舞をつけたという。

この2人は他に「延喜楽」も作舞したという。
4人の子供が山吹の花をつけた天冠をかぶり、
胡蝶用の別装束(蝶の紋のついた袴と袍)を身にまとい、
背中に蝶の羽をかたどったものを背負い、右手に山吹の花を持って舞う。
かわいらしい舞姿の曲。


前列12


背中には、蝶の羽根を負い、手には吹の花、
天冠には山吹の花を挿していました。

時代祭りのパンフレットには、この天冠の花を山吹の花と書いてありましたが、
本来は、橘の花なのだろうと思われましたが、それだと、
ミカンの色がイメージできないので、山吹にしたのかなあと。

桜花と橘の花、これら御所の紫辰殿の前庭を飾る樹木の花は、
「左近の桜 (さこんのさくら)」と 「右近の橘 (うこんのたちばな)」
ですから、橘の実の色をイメージできるように山吹の花にしたのだろうと、
勝手に推測した次第。

いずれにしても、そんな往時を偲ぶ御所の花が、
時代祭の現代の童たちの天冠を飾っておりました。

次は、いよいよ、時代祭のラスト、神幸列(しんこうれつ)であります。

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