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京都 安養寺(2)・・・安養寺の歴史

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ここ安養寺は、桓武天皇が京都に遷都(平安京)の後に、
都の鎮守の寺として最澄によって建てられたお寺で、比叡山延暦寺と同時代の創建になります。

慈円、法然がここでその教義を広めたそうですが、最初は天台宗のお寺だったということですね。


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けれど、安養寺には「法然、親鸞」の旧跡と刻まれていて浄土衆のお寺かと思ってしまいますが、
ここに国阿(こくあ)上人が入山されてから、宗派を時宗に改宗。
時宗のお寺というのは、珍しいなあと。


ならば、山号のところに一遍(いっぺん)上人という名前が刻まれていてもよさそうですが、ご覧の通り、
法然上人と親鸞上人の旧跡として刻まれているのですから、時宗は浄土宗から派生した一派とはいえ、
一遍の名前を上げていないところ、面白いなあと感じました。



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もっとも、ここは、法然上人が天台宗と決別して念仏専修の日々を30年間送られたところ。
前にご紹介させていただいた黒谷の金戒光明寺は、法然が、比叡山を下りて最初に庵を結んで布教を行った地で、
その後、ここに草庵を結んで念仏の道場とし布教を行ったので吉水草庵として称されるようになったそうです。

吉水という名前は、ここに湧く水がとても良い水だというところから、
そう呼ばれるようになったようですが、

こうしたことが可能だったのも、後に天台座主になられた慈円の助力によるものがあったようで、
当時の安養寺は青蓮寺の傘下にあり、当時の青蓮寺におられた慈円がこのお寺に道場を作り、
「吉水の僧正」と言われていて、円山公園の名の由来となった円山(まるやま)は、
慈円の山という慈円山からきているわけです。

ちなみに、当時、ときの関白だった九条兼実公とこの慈円はご兄弟であり、
慈円はまた、親鸞とも深い縁があります。


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その法然上人のところに、日参して吉水草庵に弟子入りされたのが親鸞で、
親鸞は、六角堂での夢のお告げの後に法然の元を訪ねたので、
浄土宗、後の浄土真宗の開祖二人の出会いの地として両人の名が刻まれたんですね。
時に、法然69歳、親鸞29歳とのこと。
その20年前、親鸞が9歳で得度したときの剃髪した人物、それが慈円だった。

京都のお寺を歩くと、こうした、ああ、そうだったのか・・・
ということに数多く出会います。その縁ある地に立って初めて認識した次第でした。

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