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京都最古の禅寺 建仁寺 Kenninji Temple (11)・・・・法堂の双龍図

P1242583.jpg


このポスターを見ただけでも充分な迫力です。
いよいよ、建仁寺の法堂の天井の「双龍図」のご紹介となりました。


P1242582.jpg
(京都市内、特に建仁寺周辺のあちらこちらに立て看板があって目を引きました)


この小泉画伯の「大双龍図」のご紹介の前に、まずは、法堂のご紹介。

P1242764.jpg


P1242639.jpg
(法堂の須弥壇)

建仁寺の法堂は仏殿兼用になっていて、正面の須弥壇(しゅみだん)には、
ご本尊の釈迦如来像と脇侍の迦葉尊者と阿難尊者が祀られています。

この仏殿を兼ねた法堂の天井の龍図は、2002年の創建800年を記念して行われた事業として、
小泉淳作画伯によって描かれたもの。

今日では別になっているところが大半でしょうが、
創建当初の禅寺では、仏殿と法堂は兼ねられていたということ、
覚えておくと見学の際に混乱しないですみますね。


P1242640.jpg


小泉淳作氏(←クリック)についてはリンク先でお読みいただくとして、
双龍図については以下の説明をお読みください。


P1242633.jpg


真新しさもあって、かなりきらびやかな龍でした。大きさは約畳108枚分とのこと。

★About Twin Dragons by Koizumi Junsaku

This painting commemorates the 800-year anniversary of kennin-ji's founding and a ceremony to mark its installation was given in April of 2002. It measures 11.4m by 15.7m and is drawn with the finest quality ink on thick traditional Japanese paper. It was created in the gymnasium of an elementary school in Hokkaido and took the artist just under two years to complete.


P1242634.jpg
(小泉淳作氏による「大双龍図」)

モダンでグラフィックな大双龍図だなあ・・・という印象が強かったです。
個人的には、方丈の間で観た海北友松の龍図(ご記憶になければクリック)に強く惹かれました。
覚えていらっしゃるかしら?

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テーマ : 絵画・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: Re: Re:建御名方神

閑話ノート様、こんばんわ。ちょっと留守期間が長引きました。
留守中のコメント、有難うございました。嬉しかったです。

飯山街道の実情を少しでもイメージできるよう、
登山用の等高線を記した地図を入手しようと思っておりましたが、
ご説明したいただいたことを念頭に長野県の地図を見直してみます。

飯山街道は、とのこと。やはり想像通りでした。
現在の信濃川を地図で眺めていても、おっしゃる通り、昔は海だったことを思うと、
直江津→飯山ルートの可能性は高くなるかもしれないと思いつつ、

> 妙高→現信濃町(野尻湖)→信州中野(=飯山は比較的近い)→千曲川遡上。

といったルートも検討してみたくなりました。
和田峠の存在、興味津津となりました。有難うございました。

Re: Re:建御名方神

さすがです。飯山街道(292号線)は急峻ですね。ですが現在新潟県に入る信濃川は長岡から新潟市内へ蛇行しながら下りますが、昔は新潟平野はすべて海だったのですね。なので直江津→飯山ルートはあるかもしれない。

直江津ルートのもう一つ考えられるのは妙高→現信濃町(野尻湖)→信州中野(=飯山は比較的近い)→千曲川遡上。もちろん水路でなくすべて陸路。どこも川伝いに道路あり、犀川沿いも国道19号線が走っています。かつて高速道路が無いころ、私を含め諏訪人が車で長野市へ行く場合、この19号を通るか、和田峠越えして上田市経由するかの二通りでした。所用時間は和田峠利用のほうが短いと思います。

まぁ大国主神のお子さまは謎ですね。(汗)

Re: 建御名方神

閑話ノート様、 建御名方神の信濃の国入国ルートに関する諸説のご紹介、有難うございます。
実は、先日、立ち往生してしまったルート、
「直江津→飯山→小布施→上田→和田峠→諏訪」説を検討中に、
千曲川を遡るルートというのは、飯山からで、その前は陸路なんです。
そこで、飯山街道を地図で進行してみたのですが、結構困難なように思われて、
なぜ、わざわざ、このようなルートを選ばねばならないのかと。

日本書紀の言う通りに敗者としての諏訪落ちなら、なおさら、
こうしたルートを取る必要はないわけです。なので、書紀のイメージなら、
わたくしも閑話ノート様の推奨されるルートに賛同なのですが、
松本経由諏訪ルートも、先のルートも、それは、
諏訪勢力を攻撃する際のルートなら考えられると。

こんなことを資料や本を読みながら辿ってクエスチョンマークを抱えながら、
就寝前の時間を過ごしておりまする。(苦笑汗)


建御名方神

建御名方神の信濃の国入国ルート解明については、以前、璋子さんから宿題を頂いているのですが、今だ調査不足でございます。ご承知のように神話の世界ですので、どのようにも解釈できいろんな説がございます。

その一つは璋子さんが今回提示されたルート「直江津→飯山→小布施→上田→和田峠→諏訪」が一つ。これは千曲川を遡るルートですね。二つは千曲川から分岐(現長野市)して犀川を遡上するルートで、松本経由諏訪ルートになります。
三つは糸魚川から姫川を遡上するルート「糸魚川→小谷→白馬→大町→松本→諏訪」ルート。(私が推奨するルート)
四つは番外として、静岡(浜松?)~天竜川を遡るルート説があるようです。

http://kenkokusi.web.fc2.com/oona/4.3.html
http://www.valley.ne.jp/~otarivil/sio/kaidoukodou.html
http://www.tohyamago.com/rekisi/chuoukouzousen_takeminakata/

Re: 天井画

閑話ノート様、おはようございます。

この天井の双龍図、かなりの人気のようで多くの方がご覧になっていらっしゃる様子でした。
法堂の天井画の龍はどれもかなり似た感じがするものですけれど、龍の迫力にかなり違いが感じられると、そう思われますが、写真で撮って見ると描写にもそれなりの違いがあるんです。この小泉画伯の龍図は、伝統的な龍図と違って、グラフィックアートという感じで独創的なのだろうと思われました。伝統のある古い禅寺にモダンな龍というコラボレーションも新しいと言えるのかもしれません。が、それと好き嫌いは別で、わたくしも天井画の龍図というのは、首が疲れるので苦手です。(苦笑汗)

ご紹介の岩松院の葛飾北斎作「八方睨み鳳凰図」、いつか見に行きたいです。
何度もご覧になっていらっしゃるなんて羨ましい・・・・

長野県の小布施、まさに、たまたまなのですけれど、昨夜、古代史の探索で地図で眺めたばかりでした。建御名方神(タケミナカタノミコト)が諏訪にどういう経路で入ったのか、そのルートがこれまでイメージしていたのと異なる説を拝読したものだから地図で確認したところ、立ち往生してしまいました。(汗)
直江津→飯山→小布施→上田→和田峠→諏訪というルートって、アリなのかと。

天井画

それにしてもスケールの大きい天井画ですね。私は龍の天井画はあまり好きでないですね。何だか懲りすぎている感じがするし、みんな酷似していて独創性に乏しいからでしょうか。よく分かりません。せっかくのエントリどうもすみません。

天井画といえば長野県小布施町にある岩松院の葛飾北斎作「八方睨み鳳凰図」は有名で何度も拝観しています。

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