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三谷十糸子の「猫と娘」

都知事選挙の結果、都民ではありませんけれど気になりますね。
本日より留守のため以下の記事は予約して投稿したものです。



三谷十糸子「猫と娘」


久しぶりに「描かれている猫たち」シリーズに加わる作品をアップします。

三谷さんは女流日本画家として、女性画を多く描き続けられた方ですが、
作品はモダンな画風でありながら静謐な作品が多くて、
わたくしはとても惹かれます。




★三谷十糸子(「みたに・としこ」と読みます)のご紹介

1904年(明治37年)、神戸市生まれ。
大正14年に女子美を卒業後、京都の西山碧嶂の青甲社に入塾。
昭和3年に帝展に初入選して以後、官展で活躍。昭和26年に東京に転居、
同年から女子美大で指導し、昭和46年に同大学長を務める。
文部大臣賞、日本芸術院賞など受賞。

詳しい画歴はこちらをクリック→三谷十糸子の画歴
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テーマ : 絵画・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: 流流

閑話ノート様、「流流」の件、間違いだなんて思っておりませんでしたよ。(笑)
内容的に「女流」としたレスの方がいいかなと思ッタ次第であります。
されど、「細工は流流」にお座布団一枚♪(笑)

No title

ご丁寧に有難うございます。仰る通りで同意です。特にご子息のお話しはまさにそのとおりなんですね。wikiの解釈と同じです。
尚、「流流」とコメント・タイトルしたのは間違いではなく、こういう語があるんですね。「細工は流流」失礼しました。

Re: 女流

> 確かに流とは、流儀、流派のこと。あるいは流行でもあること。

そうなんですね。「女流」という表現を自ら選びとっていると思われる女性の画家たちの場合、
それぞれの個性を超えて、「流儀」があるように思われます。
ブログでご紹介した三谷十糸子氏も、そうしたお一人と思われたので、
あえて、「女流日本画家」としてご紹介させていただきました。

しかしながら、女性の画家の中には「女流画家」という呼称を、
不快に思ったり、きっぱりと拒まれる方たちもおられますから、
ケースバイケースで使い分ける必要があるのではないかと思う昨今です。

ところで、韓半島の「韓流」というのはヘンな呼称ですね。
韓国での流行りのドラマに共感する方たちにとって意味のある流行語でしょうか。
あるいは、親韓派や反日派の仕掛けなのか、
いずれにしてもBS放送の番組表を眺めると韓国ドラマのオンパレードです。
「韓流」というよりは「恨流」といった方が一般の日本人にはわかりやすのですけれど。

お話にあった「女流棋士」で思い出されたことがありました。
女性の棋士と男性の棋士では、使われている脳の分量が事なるという説です。
愚息は、かつてこう申しておりましたっけ。
女流棋士の「将棋」は「将棋」じゃないんだ。「女流将棋」というジャンルなんだよ、と。
妙に納得したものでした。

流流

ご丁寧にありがとうございます。

確かに流とは、流儀、流派のこと。あるいは流行でもあること。
韓流ともてはやされたことがありましたが、コチラは「韓国の流行りドラマ」を指すらしい。ここには流儀はなさそう。

女流棋士のことをwikiで確認しました。これはこれでおもしろい。
あえて女性グループのプロの一派を表わしているようです。
http://goo.gl/EOIkp

Re: いつも気になること

わたくしも閑話ノート様と同じで、「女流」という言葉には、
少なからずこだわってきた歴史がございます。
女流作家や女流画家と言う表現をどうしてもする必要があるのなら、
男流小説家や男流画家という表現を用いてはどうかと。
そうしないなら、性別に関わらず、作家や画家でいいではないかと。
西欧では、70年代の終わりころから80年代にかけて、
男女共通の職業に関して「女性だから」という理由で、
あえて女性であることを意味する表現はなくしておこうという運動があり、その結果、
たとえば、「議長」は、チェアマンでもチェアウーマンでもなく、チェアパースンに。

日本でもそうした運動が70年代の終わりころにあったのですけれど、
ウーマンリブの活動が嫌われてあまり大きな運動にはなりませんでした。当時は、
日本語での「女流」というのもある種の差別語であるという認識だったのです。

わたくしも職業に男も女もないという考えなので、普段「女流」という言葉はあまり使いません。
けれど、娘を通して日本画の世界の事を学ぶにつれて、どうも違うぞと。
日本画の世界では、「女性的」とされるテーマにこだわり、女性ならではの感性に自負を持ち、
女性画ともいえる分野を築こうとしているのだろうか・・・・
と思われる女性の画家たちがいることに気付かされました。
おもしろいと思ったのは、そうしたテーマに対して、男性の日本画家の方たちの中に、
ジャンル的に「男を疎外しているのではないか」という声が聞かれたことでした。

男性の画家たちが、裸婦画や舞妓絵や婦人像以外に、
妊婦や子供を見つめる母親である女性たちをテーマに作品を発表するようになれば、
そうした区分けもなくなっていくのかもしれません。
そういう意味では、「女流」という表現が日本画の世界で用いられることも、
過渡的なものかもしれませんね。

いつも気になること

絵画の話じゃありません。
いつも気になっていることなのですが、女性の職業について、なぜ「女流日本画家」とか「女流作家」とか「女性小説家」とか「女性弁護士」とか表現するのでしょうか?
女性に対して男性について「男流画家」と聞いたことはございません。(笑)

かつては男性社会だったのが、やがて女性が社会進出し活躍するにつれてこういう呼び名になったってことでしょうか。

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