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京都 元祇園社(「元祇園梛神社」)と牛頭天王

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今日の京都の町並みから古代の様子を想像することは、
意外と難しいと思わせられるのは、こういう古社に詣でたときかもしれません。
元祇園社(「元祇園梛神社」)と呼ばれるこの神社にやっと出掛ける機会を得ました。

四条通坊城の角の交差点にあり、ややもすると見落としてしまいそうな感じでした。


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かつてのこの一帯が緑におおわれていて“梛(ナギ)の森”と呼ばれていたと聞いて、
実に困惑させられましたが、境内の社を見て納得できたような気がします。


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実に由緒正しい雰囲気で、さすが「元祇園社」と呼ばれるだけのことはあると。


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スサノオのミコト(素戔嗚尊)を主祭神とし、
ウガノミタマのミコト(宇賀御魂命)とイザナギ、ホムタワケのミコト(誉田別尊)を配祀。
貞観時代に、播磨国広峰から牛頭天王(スサノオ)を勧請して、
このナギの森で鎮疫祭を行った後に、八坂神社にご祭神、牛頭天王を祀ることになったため、
こちらを「元祇園社」というようですが、「祇園会」の起源もここにあるようです。

牛頭天王の神霊を載せた神輿を八坂にお移しする時、
梛の杜の人々が、花飾りの風流傘を立て、鉾を振り、楽を奏しながら送ったとあり、
まさに、それが、その後の祇園祭になったんですね。
五月の元祇園社の祭りでは、それが再現されるとのことで、
今年こそ見てみたいと思っています。


境内には、他に、隼社という神社もあり、これが格式の高さが凄いのです。


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この隼神社は、現在の地に落ち着く前は、もっと都の北にあったそうですが、
大正時代に現在の元祇園社に遷座。

タケミカヅチのカミ(建甕槌神)を主祭神とし、フツヌシの神(経津主神)を配祀とある一方で、
このご祭神は「隼神」とも言われています。ハヤブサ神とは誰なのか。
この古社は、大社に列しています。


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それにしても、京都を代表する八坂神社のご祭神の牛頭天王、
スサノオのことだとされていますけれど、なぜ、播磨国から勧請されたのか。
勧請というからには、もともとが、播磨国広嶺におわした神様ということになります。

この牛頭天皇、播磨の国という歴史性を考えると、渡来人の神様だったのでしょう。
いまだにその正体が解明されない(定説がない)のは不思議です。

おもしろい記事を見つけましたので、ご参考までにご紹介させていただきますね。
古代史に関心のない方はスルーしてください。→「播磨国一考察」
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