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京都 大豊神社(4)・・・末社の「狛鳶」と「狛猿」

大豊神社の末社の中で、次の2社はユニークです。

P3302096.jpg

こちらの愛宕社と日吉社がそれです。
皆さまからご覧になって左が「愛宕社」、右が「日吉社」。

愛宕神社では、普通、祭神は「火の神様」なので、
火難除けの神様がここに祀られていることになります。


TOBIKOMA.jpg


狛犬でも狛狐でもありません。めずらしいですよね。狛鳶というそうです。鳥は、鳶(とび)です。

神武天皇の東征にあたって危機に現れたとされる八咫烏(やたがらす)
それをやはり思い起されますね。八咫烏は金色の鳶(とび)とされていますから。

すると、ここの祭神は「神武天皇」になるのかと思えば、
あにはからんや、「神武」ではなく「応神」なのです。

こういうところに、半ば、歴史の謎の回答がそれとなく明かされているのかもしれません。
つまり、「神武=応神」説ですね。

日吉社の祭神は災難除けの神様で、守りの神使は、こちらは、狛猿(こまざる)です。


SARUKOMA.jpg


日吉神社(系)の神社の神使はほとんど猿のようです。猿は、古来より「山の神」と見られていたので、
山王信仰の中でやがて神使とされてきたのでしょう。

こうして眺めてきて、やはり気になります。大豊神社の主祭神の3神と末社で祀られている神・・・

道真公を除いていずれも出生がはっきりせず異説も多い存在ですが、
もしかしたら、非業の死を遂げているかもしれない。その可能性のある神々だということです。

すると、道真公との共通項が出揃うことになります。

長きにわたって多くの日本人から信仰されているにも関わらず、
実に謎の多いお三方なのですが、それらの謎を解くヒントがここにあるかもしれません。

この神社は、今日ではそれほど大きな神社ではありませんが、
神社の歴史を見ると、昔は相当な威勢を誇る神域を持つ神社でしたから、
平安時代や戦国時代あたりまでは、権力サイドにおいては歴史の何らかの真実が秘伝という形で、
もしかしたら、伝わっていたのかもしれません。

菅原道真公と、応神天皇と、大国主命、日吉の神、

ただの勧請ではないですよね。これらの神々に共通するもの・・・・・
表向きの歴史には記録されなかったこと、
しかも、それは、日本の(朝廷の)正史にとっては不都合な史実であった可能性があり、
なおかつ、怨霊信仰の時代に道真公の慰霊を鎮めるのと同じ発想を抱かざるを得なかったほどで、
その強力な力の主を祀ることで、彼らを国家守護の存在に転化させたわけです。

隠された歴史・・・それは何だったか。

この神社の境内に佇んでいると、思わず、あらぬことを想像してしまう。
不思議な神社です。

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