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京都 法然院 Honen-in (2)・・・・境内という清浄空間

今日はお花見に出掛けるため、以下は留守中の投稿予約です。


法然寺59 掲載画像


山門を入ると、拝観受付までこの道を行きます。


法然寺52 掲載画像


清掃されてゴミ一つない境内は清浄そのもの。
お寺の境内の佇まいというか様子というのは、

そこが大事な空間なればこそ清められねばならない、で、あります。


法然寺51 掲載画像


お寺に庭は付き物だけれど、その庭も境内も日本文化として眺めれば
浄土宗のお寺も禅宗も他の宗派も、さらに言えば、神社も同じで、
日本の寺社仏閣は皆、清浄さを重んじればこそ、掃き清める。

だからゴミが放置されているような寺や神社はそれだけで堕落していると感じるわたくし。
清浄さを好み求める心は、宗教というより、まさに日本文化そのものだなあと、
改めて感じ入った次第。

子供の頃の朝一番の仕事は、和尚といっしょに境内と山門までの「庭掃き」仕事でした。
なのに、この頃のものぐさブリはどうしたことか。
潔癖症よりはマシかなと言い訳するわたくしなれど、
歳のせいにしておこう・・・




以下の写真は、閉まってしまった山門を境内側から眺めたものです。
入る時、後ろを振り返っている暇がなかったものだから、
最初目に入って来た時、あれはどこだろうと思ってしまったものでした。
健忘症が惨いと焦った瞬間でもありました。


法然寺65 境内から眺めた山門


山門をくぐってすぐのところに、以下のような盛り砂があり、
山門を背にして右側の盛り砂に桜の花びらが模られ、


法然寺66 清めの砂 桜


左側の盛り砂には水の流れが模られていました。


法然寺67


これらの白砂が盛られたところを白砂壇(びゃくさだん) といい、
神社でいえば手水舎のような役割をもっています。

山門を入ってここを通り抜けて参拝する先は、浄化された領域だということですね。
清めの川に季節柄の花びらをあしらっているのでしょうか。

確かに清めの白砂壇なのですけれど、おもてなしというと語弊があるけれど・・・
お寺に季節の花弁ということで、わたくしには「おもてなしの桜の花びら」のように感じられ、
気持が澄み渡っていくような安堵の思いが生まれ、頭が下がる思いになりました。

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